第20話 夜更けの訪問者
「どうしたんですか?」
声量を抑えつつ、ジェシカさんがその若い女性に言葉を掛ける。
多分、姉さんとロリアを起こさないための配慮だろう。
特にロリアは寝たばかりだし。
女性はシクシク泣いていたけど
ジェシカさんの言葉で涙を止めて
「……子供を攫われてしまいました。助けていただけませんでしょうか……?」
泣き顔のままそう、訴えかけてくる。
え……?
何があったんだ。
こんな夜中に。
「どういう状況で攫われたんですか? 今は夜中ですが……?」
こんな夜中に子供を連れて移動してたの?
状況が想像できなかった。
ジェシカさんは
「いや、勇者様。ここはそんなことを訊いている場合では」
俺のそんな様子に抗議の声を向けてくる。
そりゃま、子供の誘拐なんて一大事。
1秒も余裕がない。
そう考えてしかるべき案件だと思うよ。
俺のやってることは、女友達がチンピラに攫われた!
助けたいから手伝って! って涙の依頼に
その女の子の攫われた状況を詳しく教えてくれ。
状況を整理したい。
そう言ってるのと一緒に見えるかもしれないよな。
そんな寝ぼけたことを訊いている間に、女の子が取り返しのつかない酷い目に遭ったらどうするんだ、的な。
気持ちは分かるけど……
ジェシカさんが「子供」のワードを聞いた瞬間、緩めていたブーツの紐を結び直し始めたのを見て、俺は逆に冷静になったんだ。
この女性の言うこと、そのまんま鵜呑みにしていいのか? って。
助けを求めているから。
その内容が重大であるから。
だから無条件で信じるってのは変だろ。
内容の重大性と、その話の信憑性は全然別の問題なんだから。
……こういうことを、俺は姉さんに言われて育った。
弱い人を助けるのは重要なことだけど、世の中には弱者を装い他人を餌食にしようとする邪悪がいるから、他人の言葉は少しでも不審に感じたら、徹底的に疑うんだ、って。
「勇者様! すぐ行かないと子供が!」
ジェシカさんの声が、ちょっと大きくなった。
俺の対応が気に入らないんだろう。
気持ちは分かる。
ジェシカさんは神官だから、基本的に十の願いに書かれている神々からの戒律は守るもんな。
他人を疑う行為は侮辱だ。その他人が偽りを口にしているって主張するわけだから。
そこを忠実に守ることが出来る彼女について、俺は好感を持ちこそすれ、イラついたりはしなかった。
だけど、申し訳ないが無視をした。
それこそ、そんな暇は無いから。
無視して、じっと女を見る。
そして数秒経過した後。
「……牛の化け物に攫われたんです!」
俺の言葉に、女性は泣き崩れつつそんなことを返して来た。
牛の化け物……?
パッと思いつくのはミノタウロスか、ゴーゴン。
もしくは……
「どんな?」
追撃で質問。
牛の魔物じゃ絞り切れない。
すると女性は
「……牛の化け物です。そう言っているでしょう」
……急に怒りを込めて返して来た。
うーん……
「じゃあ、何を見て牛だと思ったの?」
質問を変えた。
女は
「牛の顔を持った化け物だったの!」
ふーん……
女の怒声を聞いて。
俺は今、思ったことを口にした。
「お前、人間じゃないだろ」
……そう言って、俺は立ち上がる。
鋼鉄の剣を鞘から抜き放ちつつ。
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