第2話
ディネアック王子があごを上げて、ラティミーナにさげすみの視線を突き刺す。
「私と貴様との婚約継続は、『貴様が完璧に魔力を制御すること』、それが条件だったはずだ。だのに、そうして自身の持つ魔力をひけらかし、挙句、民を害するなど。貴様は我が妃となるに値しない。それがたった今、証明された」
「……!」
(わざと動揺を誘っておいて、何を勝手なことを。それにその条件は王子が勝手に言いだしただけで、国王陛下の了承は得られなかったというのに……!)
ラティミーナはぐっと息を詰めると、異論の数々を胸の奥底に無理やり押し込めた。これ以上心を乱してしまっては、魔力の放出を止められず、ますます周囲に悪影響を与えてしまう。
おそるおそる、辺りを見回してみる。おぞましいものを見る目つきは学園生活で慣れていたはずだった。しかし、うろたえてしまっている今では、人々の冷たいまなざしは、ラティミーナの心に無数のとげを突き刺してくるばかりだった。
数回の呼吸の間にほんの少しだけ落ち着きを取り戻し、改めてディネアック王子を見る。
『いくら王族であっても、禁じられた刑罰を行使するなど許されるはずがない』――そう説得しようとした矢先。
ディネアック王子が、まるで国王にでもなったかのような尊大ぶりで片手をまっすぐ前に突きだして、広間に声を響かせた。
「その者を魔法牢に封印せよ!」
「はっ!」
ドレスやスーツで着飾った人々の陰から、純白のローブをまとった男たちが躍り出てくる。王宮魔導士団の魔導士たちだった。
ラティミーナを中心に、輪を描くように等間隔に並んでいく。
位置についた男たちは、最高級の魔法石のはめられたロッドをラティミーナに向けて一斉に構えた。王宮魔導士の証である、多量の魔力を保持できる宝石が光を放ちだす。
ラティミーナは、ロッドに魔力を溜めはじめた魔導士たちを見回すと、今までに出したことのない大声で必死に訴えた。
「王宮魔導士ともあろう貴方がたが、禁じられた魔法をお使いになるのですか!?」
問いかけに答える者は、ひとりとしていなかった。
たゆまぬ鍛錬で魔力量を増やす努力を続けている王宮魔導士たちは、いつだってラティミーナを敵視していた。彼らがいくら頑張っても、ラティミーナの持つ魔力量に届く者はひとりとして現れたことがなかったのだ。
魔導士のうちのひとりが、かっと目を見開き、ラティミーナを鋭くにらみつける。
「――撃て!」
王宮魔導師の号令が響いた次の瞬間、まばゆい光線が四方からラティミーナに向かって放たれた。
「ううっ……!」
ロッドから撃ち出された魔法の光がラティミーナの体に突き刺さる。ラティミーナを中心として、床に魔法陣が描かれていく。
(熱い……!)
全身を魔法でしばりあげられる苦しさに、必死に身をよじらせた。
魔力を抑えることばかり訓練させられてきたラティミーナは、魔法で攻撃されたときの対処法を教えられてはこなかった。
呪縛をふりほどくために手当たり次第に魔法を放ってしまっては、周囲にいる人たちにどんな影響を及ぼすか想像もつかない。
(牢に閉じ込められるなんて、絶対に嫌。でも……)
大勢の罪なき人々と、味方のいない自分とが、天秤に乗せられている。
いくら王宮魔導士といえども、もしもラティミーナが全力であらがえば、全員を一度に吹き飛ばすこともできるはずだ。しかし力を抑えずに放った魔法を制御する方法を、ラティミーナは知らなかった。
魔法の光を振りはらう動きを止めて、深くうなだれる。
抵抗をやめた途端、光の向こうからディネアック王子の高笑いが聞こえてきた。
「ふはははは! 牢から出られるようになるまで、せいぜいおとなしく過ごすのだな!」
徐々に強くなりゆく魔法の光と灼熱に、意識が飲み込まれていく。
(どうして私が、こんな目に遭わなければいけないの……?)
泣きだしそうになるも、ぐっと奥歯をかみしめて、反射的に心の揺れを抑えてしまう。
(こうして涙を我慢できるようになったことも、全部無駄だったのね)
そう胸の内にこぼしたところでラティミーナは気を失った。
「……。……はっ」
びくりと体を震わせながら、ラティミーナは目を開いた。
そこは、真っ暗闇――ではなく、わずかに紫がかった空間が広がっていた。
壁に囲まれているわけではなさそうだったが、濁った水を覗き込んだかのように、遠くを見渡すことができない。
「これが、魔法牢……――ひっ!?」
ラティミーナは全身に力が入っていないのに、それでも自分が立ち尽くしている理由に気づくと大きく震えあがった。
左右に引かれた両手首と、ドレスの下の両足首に、無数の細い帯が巻き付いている。その先端はまるで人間の手のように枝分かれしていて、こぶしに力を入れるかのように、ぎゅっとラティミーナをつかんでいた。
おぞましい光景を目の当たりにして、抑える必要のなくなった涙がにじみだしそうになる。しかし幼いころから我慢を強いられてきた涙は、そう簡単には浮かんではこなかった。
とはいえ恐怖を感じていることは確かで――ラティミーナはどうにか魔法の帯をふりほどこうと、がむしゃらに身をよじった。
「離して、離してっ……!」
誰にともなく訴えながら、両腕を振り回す。魔法でできた腕のような帯は自在に伸び縮みするようだった。いくら力を込めて振りはらおうとしても、はじめにつかんできた位置から少しもずれない。
それどころか、つかまれたところから徐々に魔力が吸われて行っていることにラティミーナは気がついた。
魔法の拘束具の触れていない頬や手の甲の辺りに、ちりちりと強い日差しに焼かれるような違和感を覚える。拘束具が触れていない箇所からも、魔力は吸われていっているらしい。
「魔力が枯れるまで、こうして吸われ続けるなんて……。そんなの嫌……!」
魔法牢とは、その中に閉じ込めた者の魔力を吸い上げて、閉鎖空間を保ち続けるという魔法だった。この禁止魔法の存在を知ったとき、ラティミーナは『なんて恐ろしい魔法を発明したのだろう、禁じられて当然だ』と強く思ったものだった。
歴史上、この禁固刑を科された者は三名。
いずれも魔力が枯渇し、崩壊した牢の中で廃人となっていたという記録がある。
「魔力が尽きたら、私が私でなくなってしまう……!」
もがきながら、魔法の拘束具以外に何もない空間に独り言を吐き出す。
ラティミーナは自身の魔力を持て余しながらも、『こんな魔力なんてなくなればいいのに』と思ったことはない。王宮魔導士のように高位魔法を学ばせてもらえれば、低位の回復魔法では治癒できない人たちを救えるはずなのだ。
高位魔法を学ばせてもらえなかった理由がある。幼いころ、王宮魔導士からたった一度教えられただけの難易度の高い魔法を即座に習得し、自在に操りだしてしまったことがあった。そのせいで、『いくら王子の婚約者といえども、この者に高位魔法を身に着けさせるのは危険である』と国王に進言されてしまった。以降は王立学園の授業で学ぶ程度の、魔力の少ない人でも使える簡単な魔法しか学ばせてもらえなくなってしまった。
少しでも魔力を持つものなら誰でも出せる魔法を、ロッドなしで手の中に出現させて放ってみる。火魔法、風魔法、水魔法――杖を必要とせずに魔法を放ててしまう点も、本職の魔導士から忌み嫌われる原因となっていた。
魔法の火がぶつかった拘束具が燃えあがり、焦げて欠けていく。しかしすぐさまラティミーナ自身の魔力を吸い上げて、元通り修復してしまう。
ラティミーナは魔法を放つのをぴたりと止めると、たった今見た光景に唖然とし、何度も目をまばたかせた。
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