第2話 傷跡

 バキューン。

 発射される浄化の弾丸。

 それは荒魂のもやを穿つ。

「やった!!」

 矢本やもとが勇み喜ぶ。

 でもその身体は再生していき――。

「矢本さん!」

 わたしは血相を変えて叫ぶ。

 正面に向き直る矢本。

「え。なんで!」

「このっ!」

 変態くんと矢本が荒魂バスターズを使ってもやへ撃ち続ける。

 が、一向に消えない荒魂のもや。

 このままじゃ、巫女様が来るのも遅れている。

「あいつ、回復力が尋常じゃない」

 隣で立ち尽くしていた飛斗あすとくんが呟く。

「ど、どうすればいいの?」

「こういうときは回復力よりも多くのダメージを与えるに限るけど……」

 そんな力はこちらにはない。

 やがて弾丸を撃ち尽くした矢本と変態くんが青ざめていく。


 ――死。


 血塗られた町並み。

 枯れていく草花。

 崩れ落ちるビル。

 死体袋。


「いやだ」

 わたしは知らぬうちに呟いていた。

「いやだ――――っ!!」

 髪を振り乱し、泣き叫ぶ。

 シャンシャン。

 鈴の音が鳴った気がする。

 わたしの頭から膨大な光が放たれる。

 その光は矢本や変態くんも包み込んでいく――。

 荒魂をも包み込み、影となった魂は撃ち払われる。

「まさか――」

 飛斗くんがなにやら驚いたような顔を見せる。

 わたしにも何が起きたか分からない。

 でも目の前で人が死ぬことはなかった。

 矢本も変態くんも生き延びた。

 その事実だけが残っている。

「み、神子さま」

 変態くんがそう言いわなわなと震えている。

 恐怖のあまりズボンが濡れている。

 矢本も震えている。腰を抜かしたらしい。嗚咽をもらしている。

「これはどういうことです?」

「お母さん」

 わたしは振り返ると、そこには二年ぶりに見た母の姿があった。

「あなた。魔法を?」

 母はわたしの名すら口にしない。

 じろりと蛇のようなまなこがこちらをとらえ、凍り付く気がした。

 わたし本人には興味のない色をした瞳。

 ビリビリと伝わってくる敵意。

「おか、あさん……。わたし、魔法が使えました! これで家に戻って胸を張れます!」

「今、使えるのかしら?」

「えっ」

 先ほどまで感じていた魔法は静まり返り、何も感じない。

「ええと」

 戸惑うように答えると、母は呆れたように嘆息を一つもらす。

「使えない子ね」

 それだけを言い放つと、他に荒魂がいないかどうかを探し始める母。

 わたしはなにも言えずに先生の指示に従うことにした。

 もちろん飛斗くんも。

 余談だけど、矢本と変態くんはどこかに連れられて行った。

 わたしは使えない子。

 母の言うようにわたしは魔法が使えない。

 さっきの荒魂も、きっと母がなんとかしたに違いない。

 だって街の中心である神社から、この大仙全体を守っているのだから。

 そう思うと、わたしは冷めた目で周りを見渡す。

 どこにも逃げ場のない世界。

 小さな街で一杯一杯の人々。

 わたしはこの世界で何にも慣れぬまま、朽ち果てていくのだろうか。

 それは薄ら寒い話じゃないか。

 伝記を残したら、一人くらいは悲しんでくれないだろうか?

 それもまた夢の話。

 妄想の話。

 どれだけ願おうと、どれだけ想おうと、結果がなければ見放される。

 それが世界というもの。

 誰だって生きていたいのだろうけど。

 わたしはとうに生きることを止めてしまったのかもしれない。

「あの……神子ちゃん」

「うん?」

 振り返ってみるとそこには飛斗くんの顔があった。

「ち、近いよ!」

 慌てて身を引くわたし。

「さっきの、やっぱり魔法だよ。神子ちゃん、開花したんだよ!」

 嬉しそうにわたしの手を握る飛斗くん。

「いや、違うから……そんなんじゃない」

 だって神楽舞の音が聞こえたもの。

 あれは誰がどう見たってお母さんの力だもの。

「どうして否定するの?」

 どこまでも純粋で疑うことを知らない飛斗くん。

 いじめられる原因はそこにあるというのに。

「飛斗くん。わたしは落ちこぼれなの。だから――」

「落ちこぼれだっていいじゃない」

 わたしは頭を殴られたかのような衝撃を受ける。

「落ちこぼれだって、頑張って努力すれば。それでいいじゃない」

 ギュッと握り拳を作る飛斗くん。

 その懐には今も医学書がある。

 ふるふると小さく首を振るわたし。

「ち、違うよ。わたし、そんなつもりで言ったんじゃないよ」

「ごめん」

 そう言ってその場から離れていく飛斗くん。

「違うんだってば……」

 声にならないほど、震えた。

 彼、いつまでも成績が上がらないって。

 それを気にしているから、根暗って言われていたのだけど。

 わたし、そんなつもりで言ったんじゃないよ。

 言葉が人を殺すこともある。人を傷つけることも。

 知っていたはずなのに。

 なんでこんなにうまくいかないんだろう。

 わたしも彼も頑張っているのに。

 自分を抱きしめるように強ばる。

「くそっ――――――――――!!」

 神の子と称されて生まれてきたのに、このていたらく。

 人ひとりの気持ちすら守れずに、何が神子よ。

 何が巫女の子よ。

 わたしはやっぱりなんにもできないんだ。

 嗚咽をもらしてしまった。

 周りにいる同級生の目の色が変わる。

 怖い。

 ここにいちゃいけないんだ。

 わたしは慌てて学校から出ていく。

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