無能なわたしは根暗な彼と恋を思い出す。

夕日ゆうや

第1話 無能ちゃんと根暗くん

 シャンシャン。

 神楽鈴かぐらすずの音が鳴り響く中、私と彼はともに露店のある夏祭りを楽しむ。

 闇夜に上がる火の花。

 ひゅー、ドン。

 腹に響く音に心がざわつく。

 神楽舞かぐらまいを踊る巫女みこ

 この地に気を送り、山を育て、水を浄化し、荒魂あらみたまをはねのける。

 今は大仙だいせんの街を守るので精一杯だけど、いつか日本を取り戻すために、私たちは頑張って生きている。


 荒魂のせいで人類の九十パーセントが死滅し、地母神様の巫女が各地でご加護を授かった。

 その力は自然を、安全なる大地を育て、荒魂の汚染を排除する力を持っている。

 この不思議な力を仮想世界にならって『魔法』と呼ぶ。

 その魔法は巫女の遺伝子を持つ少女が十五才になったときに開花するとされている。


 しゃんしゃん。

 神楽鈴が鳴る。


神子みこちゃんもいつか立派な巫女になるんだよね?」

「そうだよ。飛斗あすとくん。その時が来たら、わたしが守って上げるね」

「ふふ。期待しているよ。神子ちゃん」

「飛斗くんは何になりたいの?」

「僕? 僕は……お医者さんかな?」

「すごい! じゃあ、たくさん勉強しないとね」

「うん。僕も頑張るよ。だから――」



 時計のアラームが鳴り響く。

 あれから十年。昨日で十六歳になった。

 布団を押し入れにしまうと、六畳一間で着替える。

 外に向かう台所兼廊下を歩き、ボロアパートから出る。

 わたしはしっかりとカギを閉めてから、徒歩で高校へと向かう。

「あ。無能ちゃんじゃん!」

「わたしには神子って名前があります」

 同じクラスのギャルである矢本やもとさんがケラケラと笑いながら、二人乗りの自転車をこいでいる。後ろにチャラそうな男子を乗せている。


 前を歩く飛斗くんを見て心臓が跳ね上がるのを感じた。

 今も医学の本を読みながら通学している。

 頑張っているなー。

 でも、彼は暗い顔をしていて。

「根暗! 遅れるなよ!」

 飛斗くんはそう言われて生ゴミを頭からかぶせられる。

 ハエのたかるゴミを払いのけて、ふわぁわと欠伸をかく飛斗くん。

 昔はあんなにキラキラしていたのに、なぜこんなにも酷い目にあっているのか。

 わたしにも分からないけど、なんでこんなにも苦痛になるのだろう。


「無能。走れ走れ!」

 後ろから別の男子がわたしのお尻を触ってくる。

「変態!」

 わたしが罵っても下卑た笑いを浮かべる。

 あの男子、確か荒魂バスターズの父を持つんだっけ。

 ここ十年で科学が発展し、荒魂に対しての対抗策が生まれた。

 それが『荒魂バスターズ』。

 拳銃のような形をしていて、内臓されたチップで荒魂を除去できるらしい。


 ちなみに荒魂は未練の残したたましいのようなものが積み重なってできた、人の悪感情の結果とも言われている。

 本当はどうだか知らないけど。

 本家から追い出された無能なわたしには関係ないか。

 荒魂を除霊することのできない巫女のわたしになんて……。


 学校に着くなり、下駄箱に生きたカエルが飛び出す。

 それをキャッチして、静かに床に降ろす。

「君も辛い目に遭わせてしまったね」

 カエルは嫌いじゃない。

 でも大きいのは無理。

 そんなことを言ってしまえば、いじめっ子の標的になるのは分かっていた。

 だからぐっと言葉を呑み込む。


 ピシ。ピシ。


 何かが弾けるような音が聞こえた。


 自分の教室にはいると、飛斗くんの机の上には花瓶と花がある。

 しかも菊だ。

 それをよけようともしない飛斗くんはひたすらに読書をしていた。

 先ほど、お尻を触ってきた変態が、今度は飛斗くんの本を横取りする。

「わー。エッチな奴だ。へんたい」

 それは医学書だもの。

 女性の身体の仕組みものっているでしょう?

 というか、その写真は筋肉での女だけどね。

 呆れてため息を吐くと、目の前に矢本がやってくる。

「そんなに退屈なんだ。この穀潰し!」

 蹴ってくる矢本。

「やめて。やめてよ。やめて」

 わたしはそう言うけど、やめてはくれない。


 ホームルームが始まる前に、鼻血を出したわたしは保健室でゆっくりと休むことになった。

 しゃーっと引かれるカーテンの音。

 わたし、何か悪いことしたのかな……。


 ケケケ。


 誰かがわらった気がした。

 一限にはでないと。

 わたしは立ち上がり、中庭の横を通り過ぎていく。

 目の前にはオロオロした様子の飛斗くんがいた。

 話しかけようかな?


 ピシピシ。


 ガラスが割れる音がした。


 すごい暴風が中庭に吹き荒れる。

 飛斗くんが中庭を見つめ、わなわなと震える。

「あ、あれは……」

 黒いもやのようなものが空中に浮かんでいる。

「荒魂!?」

 わたしがその言葉を引きつぐ。

「飛斗くん、逃げて!」

 夢中でそんなことを言っていた。

 わたしは身体の強ばった彼の手を引く。

「バカ。死にたいの!?」

「ご、ごめん。神子ちゃん」

 わたしは彼を引き連れ、高校の外へと向かう。

 追ってくる荒魂。

「うわ。そいつと早退なんてあり得ないわ」

 下卑た笑いを浮かべる矢本と、変態が前にいた。

 その横を通り過ぎていく。

「なんだ、てめー!」

「荒魂だよ。逃げて!」

「……ふーん。うちらのことバカにしているの?」

 荒魂バスターズを手にする変態と矢本。

 そして狙いを荒魂に向ける。

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