第41話 父の昔馴染み
「お、お客様! 勝手に歩き回られては困ります!」
後ろから追いかけてきた執事が、男をとりなすように声をかけた。けれど、男は冷めた一瞥を向け、すぐにオヌビアたちに、にこりと笑顔を向ける。だが微笑んでいる顔で、しっかりと視線を感じるのだ。まるで品定めをするかのような嫌な感じを受けた。出来の良い商品かどうかを見極めるかのような感情の籠もらない無機質さだ。
オヌビアも同様だろう。不快げに鼻白んだ。
「この無礼者は?」
もともと伯爵家の令嬢である義母は、下賤な者と認識したようだ。口調は冷ややかで、取り入る隙もない。早く目の前から消え失せろと存外に告げている。
「奥様、申し訳ありません。旦那様の商談相手の方なのですが……」
執事が頭を下げれば、男はオヌビアの気配など少しも意に介さずに、挨拶を口にする。
「初めまして、奥様。お綺麗な方々を前にしては緊張してしまいますね。商人のハズルと申します。侯爵閣下とは旧知の間柄でして長らくお付き合いさせていただいておりますが、一度も奥様方には会わせてもらえませんでね。よい機会かと思い、こうして参った次第でございます。今後ともお見知りおきを」
義父が一介の商人と旧知の間柄だとは信じられない。しかも格下相手からのこんな無礼な振る舞いなど一番気に入らないだろう。
いまだにシィリンにはなんの感情も向けてこないのは、一応弁えているからだ。侯爵の領分には一切手を出していないからである。
けれど、この男の図々しさは、義父の激高を簡単に得られそうだ。
だというのに、男は少しも憚る様子がない。
「ああ、そういえば。若奥様はあのファンデスの娘だとお聞きしておりますが」
「父をご存知ですか」
ハズルは笑顔を向けたまま、父の名を出す。
その裏に潜む悪意に、シィリンが気づかないはずはない。
これまで幾度も向けられた感情だ。
父には敵が多いのだから仕方がないけれど、それはシィリンの事情であって、侯爵家を巻き込むつもりはない。
そもそもこの家はシィリンの理想の婚家なのだから、奪われるわけにもいかない。
義母も義妹も物足りない存在になってしまって、夫の態度も理解できないけれど。義父の態度は理想のままであるし、できればこのままシィリンを虐げてほしい。
だが、目の前の男はなんとも嫌な気配を纏っている。シィリンだけでなく、オヌビアやヴェファまでも商品扱いだ。商人と言っていたが、一体何の商売をしているのか。
「ええ、ようく知っています。ファンデスとも昔馴染みですから。もちろん貴女の母親のこともよく覚えていますよ」
にたりと、笑顔が歪んだ時、シィリンは目の前が真っ暗になったような気がした。
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