第38話 自爆
「おはようございます……って、お嬢、今日も疲れてんなあ……」
サヴェスの寝室に入ってきたリッテが、寝台で蹲るように三角座りをしているシィリンを見て呆れたように声をかけた。
サヴェスに寝室に連れ込まれるようになって二日目の出来事である。
ちなみにサヴェスは仕事に向かった。朝に目覚めた彼は朝食を一緒に食べるかと問うてきたが全力で拒否して、リッテが来るのをまんじりともせずに待っていた。昨日も断ったのに、なぜ彼と朝食をともにできると思うのか。
そして、ため込んだ感情が爆発する。
「なにこれ、もうやだ、もう無理、なんのご褒美!? いえ、一周回ったら罰じゃない? 過剰すぎて、おかしくなる、絶対、無理――っっ!!」
シィリンが顔を伏せて叫べば、リッテが慌ててシィリンに近づいた。
「廊下に聞こえるからちょっとは静かにしろよっ」
「朝から濃いのよ、なんだってあんなに無駄に色気があるわけ? 私は平凡な小娘なのよっ、人外の魔性なんかに太刀打ちできるわけがないでしょうが!」
「好みドストライクに虐められて喜んでんのか……相変わらず変態だな」
「あの鬼畜は攻撃力が高すぎるんだってば! 起きたら黙って仕事に行け、蔑ろにしている妻にかまう必要ないし、私のライフはもうゼロよっ」
リッテに縋って泣きたい。
鬼畜で冷徹、宰相補佐官の攻撃力のあまりの高さよ……。
紙のような防御力しかないシィリンには、命がいくつあっても足りない。
「お嬢、素になってるから。昔の令嬢教育受ける前の、出会った頃の口調だから」
「それだけ心に受けた衝撃が強いの!」
母が死んでしばらくしてから、父はなぜかシィリンに淑女教育を施した。平民に教えてくれるような貴族の令嬢など訳ありだ。そのため家庭教師の女性とはそれほど親しくはしていない。けれど、彼女は仕事だけはキッチリとしていた。そのため平民にしてはシィリンの言動は丁寧だ。
けれど、今は取り繕うことに構っていられない。
「あの男は何がしたいの?」
嫌がらせなら、シィリンだって喜んで受け入れるのに。ちょっと方向性が違う。いや、ゴシップ紙のような鬼畜な台詞はたくさん吐く。
けれど、なんというかシィリンにとても甘いのだ。
深い青緑色の瞳が、じっと覗き込んでくる。その瞳は真摯であり、ふとした瞬間に蕩けたりもする。冷酷と冷徹さの台詞に、瞳の甘さがちぐはぐだ。
シィリンは振り回されっぱなしで、頭が混乱する。
これが嫌がらせなら、ある意味物凄く効果がある。
「本人に聞けば?」
「…………」
すでに聞いて、盛大に自爆したとは白状しづらい。
昨夜、シィリンはサヴェスに聞いたのだ。そして「縋らない妻を落としてみたくなって」というやはりゴシップ紙で見たような台詞を吐かれた。記事に出ていたのは靡かない女性を落としたいだったが。
丁重にお断りしたいが、ゴシップ紙の中のサヴェスに迫られているみたいでシィリンの心臓はばくばくと音を立てる。けれど、見つめられた中に蕩ける甘い熱を見て、冷や汗が止まらない。
――触れてはいけない何かを刺激してしまった。
シィリンは自身の失態を激しく後悔した。
けれど、リッテはシィリンの表情から読み取ったらしい。長い付き合いであるので、簡単にばれてしまう。
ため息をついて、顔を顰めた。
「お嬢は基本的に抜けてるからな……」
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