第37話 使い回しの台詞
その夜に仕事から帰宅したサヴェスは、またシィリンの部屋にやってきた。
「私の部屋で寝るようにと言ったはずだが?」
自室で出迎えたシィリンは夫の不機嫌な様子に、結婚当初の予定通りでいいのだと心の中で喚いた。
なぜ、今日も妻に微妙な関心のあるゴシップ紙に出てくるサヴェスなのか!?
「お一人で寝られる方が快適ではありませんか」
「人肌は気持ちいいものだ」
そんな台詞をゴシップ紙で読んだ覚えがある。
だが、使い方が違う。
確かあの記事は、女を寝台に誘うときの台詞だった。
いや、使い方は合っているのか?
もしかして誘われている?
経験がないので判断ができない。シィリンはまたもや混乱した。
「夫である私を放っておくのか。寂しいな」
シィリンの髪を一房掬って、口づけながら上目遣いでそんな言葉を吐く。
本当に、心臓に悪いのでやめてもらっていいですかね!?
口をパクパクと開閉すれば、ふっとサヴェスが笑みをこぼした。
「なぜ一人でそんな面白い顔をしているんだ?」
「まったくもって、不本意です!」
シィリンが恨みがましい瞳で睨みつければ、穏やかな顔をしたサヴェスがシィリンの頬をするりと撫でた。無骨な男らしい手で、優しく触れるように触られる。
「ほら、おいで。もう、夜も遅いだろう」
「昨日よりは全然早いですよ」
「ふうん、でも疲れた顔をしているが。眠たいんじゃないのか」
「疲れているのは誰かさんのせいで、眠気が吹っ飛んだのも誰かさんのせいですね!」
今日一日、サヴェスの謎の行動のせいで頭がいっぱいで、精神的に疲れていたのは事実だ。そして、今、またもや自室に現れたサヴェスのせいで、眠気はどこかへ行ってしまった。
本当になんてことをしでかしてくれるのか。
「なんだかよくわからないが、私のせいということか。ならば、責任をとろう」
「はあ? きゃあっ」
サヴェスがしたり顔で頷いたので訝しめば、彼はひょいっとシィリンを横抱きにした。
「どうしていちいち抱き上げて連れて行くんですかっ」
「疲れている妻を労わっているだけだ」
「労わりたいなら放置でお願いします」
「妻を放置するのは労りなのか?」
「最大限の労りです!」
少なくとも今のシィリンにとってはそうなのだ。
サヴェスはすたすたと廊下を歩きながら、首を傾げる。
納得のいかなさそうな顔をして、少し考え込んだ。
「君が私の心に熱を与えたんだ。だとしたら、責任をもって鎮めるのを手伝ってくれるだろう?」
それもゴシップ紙に出ていた台詞だ。
サヴェスが三年前に、どこかの貴婦人との逢瀬を楽しむために囁いた一言。
他の女に使い回した台詞を、妻であるシィリンに向かって告げるとか。
本当に冷血漢! いや、最低のクズ夫だ。
そして、もちろんシィリンにはご褒美なのだ。
オタク魂に強い刺激を与えるのはよくない。地の底までの深い反省を要求する!
歓喜に打ち震えながら、シィリンはサヴェスの腕の中で身もだえるのだった。
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