第32話 期待の展開
「お義姉様、どうかなさったの?」
「顔が真っ赤よ、熱でもあるのではない?」
夕食の時間になって熱に浮かされた者のようにふらふらと食堂に向かえば、先に席に着いていたヴェファと義母に心配そうに声をかけてきた。
義父の姿は夕食の席にはなかった。今日はどこかで会食を受けているらしいと朝に執事と会話していたことを思い出す。
なんでもないと二人に首を横に振って、与えられた席に着く。着いた途端に食事が運ばれてきて、夕食が開始した。
けれど、どうしても先ほどのサヴェスの態度を思い出して、顔から熱が引かない。
言われている内容は最低だった。
妻を置いて夜会に行って、遊んでくると堂々と告げられたのだ。そのうえ、満足できなければ戻ってくるから起きて待っているようにと言われた。戻ってこない夫を起きて待っていろということだ。
なんて理不尽で一方的な命令だ。
普通の妻なら怒っていいはずだ。
けれど、シィリンは普通の妻ではない。
まるでゴシップ紙の中から出てきたかのような恋の狩人たる夫の姿にときめきしかない。
突然、なんのご褒美なのだろうか!?
胸がいっぱいで、ご飯も喉を通らない。
目の前に並べられたいつもの夕食は、質素なものであるのに。
だが残すことはシィリンの矜持が許さない。石を飲むかのごとく手をつけて、何度も心配してくる二人に断って、早々に自室に戻った。
自室ではリッテも夕食を終えて、戻ってきていた。
彼の分は本当なら使用人用の食堂に用意されていたらしい。それを誰も彼に伝える者がいなかっただけで、今ではシィリンが食べているときにそちらで食事をとっている。
ふらふらと戻ってきたシィリンを見て、リッテが深々とため息を吐いた。
「で、アイツを起きて待つのか?」
「なんでそんなに不機嫌なの?」
シィリンは少年の声で問いかけてきたリッテを見やって、目を瞬かせた。
「なんつーか、ちょっと思惑と違うって言うか……」
「なんの話?」
「いや、なんでもない、こっちの話。それで、お嬢はどうすんだ?」
いつもならメイドの格好をしたリッテが元の少年の声に戻るだけで注意するのだが、シィリンは構わずに彼の問いに答えた。
「もちろん、待つわよ?」
拒否することは簡単だ。
眠ってしまって彼が戻ってきたとしても部屋にいれなければいいだけだ。
けれど、これはあくまでシィリンの望みでもある。
「理想の政略結婚を果たして旦那様に虐げられるとか、ゴシップ紙にもよくある話よね。つまり期待した展開、萌えるわ!」
「はいはい。お嬢のオタク趣味はわかってましたから、ちょっと落ち着いてください。そのテンションじゃあアイツが帰ってくるまでもちませんよ」
ちょっとした怖いもの見たさも手伝って、シィリンは自信たっぷりに拳を突き上げる。
リッテはやれやれと肩を竦めて見せたのだった。
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