閑話 同僚への頼み(サヴェス視点)

 夜会の次の日、サヴェスは出勤して昨日の仕事の片付けと、今日の予定の確認などの朝のルーティンをこなし、同僚が出勤してくるのを今か今かと待ち構えていた。


「おはよーござい……」

「ルチアン、頼みがある!」

「おわ、ちょっ……朝から何! 顔が近い、近いってば、ちょっと離れろ!?」


 詰め寄ったサヴェスから大げさにのけ反ってルチアンが青い顔で叫んだ。

 悲鳴じみた声に、部署にいた何人かが振り返って不思議そうな顔をしているが、サヴェスは構わなかった。正直、それどころではない。


 サヴェスの妻はゴシップ紙を教典に神格化してまで崇めているらしい。

 一度も目を通したことのなかったサヴェスは、妻の部屋にあったものを少しだけ、メイドに許可を得て読ませて貰った。

 寝台の下からキッチリと束になっていた折り目正しいゴシップ紙を見て、妻の本気度を悟ったのは言うまでもない。

 ゴシップ紙など安く質も悪い紙だ。インクだって、印刷技術だって拙い。酷い粗悪品である。

 いつも城の上質な書類を扱っているサヴェスにとっては、対して価値の感じられないものだ。だというのにまるで高級品のようにきちんと整えられている紙の束には、確かに畏敬すら感じられる。


 恐る恐る一番上のものを手に取り、眺めた。

 寝台では妻が健やかに眠っているので、少し離れたテーブルについて小さなランプを頼りに読み進める。


 パラリとめくる音が驚くほど大きく聞こえたが、寝台近くに控えたメイドに止める動きがなかったので構わずに続ける。

 そもそも寝ている妻に許可もとらず、私物を勝手に読むことが良い行いなわけがない。けれど、メイドは構わないと太鼓判を押した。妻は一度寝入ると何があっても起きないらしい。

 確かにメイドに夜着に着替えさせられて乱暴にゴロゴロと転がされていても目を覚まさなかった。ちなみに、サヴェスは妻の着替え中は背中を向け扉を睨んでいたので気配しかわからないが、手荒さは十分に伝わった。


 妻を寝台まで運んだのはサヴェスだが、寝る準備を整えて上掛けをかけたのはメイドで、全て終えればサヴェスに声をかけてきた。

 そして、妻が収集しているゴシップ紙の束を示したのだ。

 読め、とまるで命じるように。


 ここに置いてあるのは近年のものらしい。けれど、最初の二つほどを読んだ途端に、メイドに辛辣に告げられた。


『お嬢様への仕打ちを反省したのなら、ここに書かれているような態度をとることが贖罪になります』


 なぜサヴェスがシィリンへの仕打ちを反省したのか悟られた理由よりも、ゴシップ紙のような全く理解できない最低な男の行動をとることが妻への贖罪になることに驚愕した。


 だがメイドはそれが一番シィリンが喜ぶことだと冷ややかに告げたのだ。


 そうして、一夜明け。

 サヴェスはルチアンに詰め寄ることになる。


 ゴシップ紙に載っているサヴェスをきっちり演じるために!

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