第28話 犠牲者

しょんぼりと肩を落としたキャロラは本当に悲しそうだ。


「胸を張ればいいじゃない。それだけ好きなのだから」

「え?」

「だって好きな気持ちは変えられないもの。貴女のお姉様だって旦那様が好きなのでしょう。だから、こうして妹を使ってまで妻を排除して二人きりで、傍にいようとするじゃない。それとお菓子を好きなことと何が違うというの? それにお菓子を作るのは大人よ。何が子どもっぽいというのかしら。別に誰に迷惑をかけているのではないのだから、貴女の趣味のほうが良い趣味だと思うわ」


 シィリンはゴシップ紙が大好きだけれど、リッテにどれだけ変わっていると言われても好きの気持ちは変わらなかった。

 好きなものは好きなのだから、文句を言われる筋合いはない。

 誰にも迷惑をかけていないのだから!


「そんなこと、初めて言われたわ……」


 キャロラは大粒の涙を零しながら、震えている。


「じゃあ、あのお友達に、なってください!」

「ええ? それは無理よ」

「なぜですか!?」


 キャロラが愕然とした顔をして、叫んだ。

 この流れで断られるとは思ってもいないと言った顔である。

 だが、シィリンとて理由があるのだ。


「ちょっと事情があって……」


 昔からシィリンに友人はいない。

 傍にいるのはリッテだけである。

 それを困ったことはない。むしろ友人などもったほうが大事になると考えているほどだ。むしろ危険が増す。

 なんと言って断ろうかと考えあぐねていると、冷ややかな声がかけられた。


「あんまり信用しないほうがいいですよ。その人、血も涙もない人間の屑ですから」

「リーリア……」


 いつの間にか傍にいたリーリアが憎悪を込めた目で、シィリンを睨んでいた。

 キャロラが戸惑ったように視線を義理の姉妹の間で彷徨わせる。


「え、え?ど、どちら様で……?」

「ごめんなさい、彼女は私の義妹です」

「私との関係なんてどうでもいいでしょ。それより、自分が助かるためには、他人どころか家族すら犠牲にするんですよ。だから、誰も近寄りません。実際、友人なんて一人もいないんです。それどころか、実の母すら見殺しにしてますから」

「え?」


 キャロラが声を上げた時、ふうっと誰かが近くで息を吐いた。

 シィリンが振り返る前に、リーリアが恐怖で目を見開いた。キャロラの悲鳴が上がる。


「ファンデス家の娘は、お前か?」


 生臭い呼気とともに、シィリンの細い首に男の腕が回った。

 そのままぐっと締め上げられる。


 背後を振り返ることもなく、見知らぬ男の上等な上着の裾を握りしめた。

 ぎりぎりと締まっていくため、抜け出せない。


「へ、返事、くらい、聞きなさい……っ」


 ファンデスはシィリンの旧姓だ。

 男の狙いは合っているのだが、シィリンは嫁いだので名前が違う。だが娘であることは間違いない。


 公爵家の夜会だからと油断したのが悪かった。

 まさか父の顧客が出入りしているとは。

 だが、リーリアがここにいる理由を、もっと考えるべきだった。

 父ならやりそうなことだ。

 気づいたリーリアも真っ青になっている。本来、襲われる予定だったのはリーリアだったのだろう。


 リーリアはシィリンの身代わりなのだから。



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