第26話 期待を裏切らない夫

 あんな嘘だらけの記事を、まさかサヴェス本人が目にしているとは。なにより、シィリンが愛購読しているとばれるとも考えていなかった。

 彼はとても洞察力が鋭いのだなと警戒する。

 その情報を使って何をするつもりだとシィリンは気を引き締めた。


「あんな迷惑な記事がたまには役に立つものだな」


 迷惑と言い切っている時点でシィリンが考えているとおり、ゴシップ紙は嫌いなのだろう。わざわざ同僚が語って聞かせてきたと話していたし。

 だというのに、彼は今、その記事に感心しきりである。

 態度の豹変が凄まじい。

 同時にシィリンは嫌な予感を覚えた。なぜか背筋がぞわりとする。


「なんの役に立つとお考えでしょう?」

「この場合はもちろん、妻と仲良くなるため、だな」

「ナカヨク……」


 シィリンはまるで聞きなれない外国の言葉を聞いたように呟いた。

初夜の時に冷めた口調で告げた夫と同一人物とは思えなかった。まるで一切興味がなかったはずなのに。

 よほど意識の飛んだ間抜けな顔を晒していたのだろう。

 サヴェスが面白そうにふっと吹き出した。


「そんな可愛い顔を晒すほどには、気が動転しているだろう」

「していません」


 しかめっ面を作れば、サヴェスはそのまま笑い続ける。目の前にいる男は本当に本人だろうか。そんな愉快そうに笑うというの?

 なぜか悔しくなってそっぽ向いた視線の先、義妹と視線が合った。

 義妹と言っても、ヴェファではない。


「リーリア」


 公爵家の夜会に呼ばれているなんて、実家も出世したものだ。平民で悪徳高利貸し。金は唸るほどあるけれど、品位の欠片もないなんて揶揄されていたくせに。

 評判の悪いジッケルドクラ伯爵家も呼ばれているのだから、実家も呼ばれていても不思議はないのかもしれないが。


「誰だ?」

「義妹です。継母の連れ子なので似ていませんが」


 継母が父と再婚した時に一緒に連れてきた。前夫との間の子どもだと聞いている。確かにシィリンにも父にも少しも似ているところがない。一つ下なので、年は近い。


「仲が良くないのか?」


 強張った表情でそのまま踵を返したリーリアの背中を見つめたサヴェスが不思議そうに問う。


「まあ……」


 虐げていた義姉が嫁いだからと言って、突然友好的になって近づいてはこないだろう。しかも彼女は昔虐めていたくせに今ではシィリンを恐れてもいるのだ。


「ふうん」

「あら、ジッケルドクラ宰相補佐官様もいらしていたのですね」


 考え込んだサヴェスの背後から、朗らかに声をかけてくる女がいた。


「ああ、ヴィッテス殿。君も参加していたのか」


 振り返ったサヴェスはいつもの無表情で小さく頷いた。


「ど、どなたです……?」


 シィリンは震える声を抑えるように、サヴェスの服の袖を引いて問いかけた。

 背の高い品のよい美女が立っていた。だがシィリンが見惚れたのは、彼女が美しいからではない。彼女の空色の瞳には、シィリンに向けて敵意があるのだ。


 これは、ゴシップ紙によく見られる修羅場というものでは?

 シィリンは己の興奮を必死で宥めた。

 そうでなければ、叫び出していただろう。

 もちろん、胸の中では絶叫していたが。


 さすが、サヴェス。

 期待を裏切らない男である!

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