第25話 冷静な恋の狩人

「別に」


 自分の内にある感情を言葉にするのは難しい。

 シィリンには理想があって、それを実現するために頑張っているだけだ。

 そのために必要なことをしているのであって、感謝してほしいだとか褒めてほしいだとかいう気持ちは一切ない。


 正直なところ、サヴェスには放っておいてほしい。散々ゴシップ紙を賑わせているのだから、そのままの生活を続けてくれれば本望である。

 妻も家族も顧みない、冷静な恋の狩人。

 彼に求めるのはそれだけだ。


 シィリンが言葉にできずに戸惑っているとふいに顎を持ち上げられた。

 サヴェスの長い整った指が、いつの間にかシィリンの顎に添えられている。

 彼が覗き込むように青緑色の瞳を近づけてきた。互いの吐息を感じられるほど近く。唇が触れそうなほどの距離。


「もしかして、警戒されている?」

「な、何を――」

「んん、違うな……」


 サヴェスはシィリンの瞳の揺れを見て、感情を探っているようだ。

 こんな手を使ってくるなんて、さすがはゴシップ紙に一面を飾る男である。

 慣れた手つきに感動すら覚えた。


「なぜ、今、目を輝かせるんだ?」

「なんですか、離してください……っ」


 はっとして、シィリンは必死で逃れようとした。

 だがそれほど強い力ではないのに、逃れることは困難だった。強い視線にからめとられたように魅入られる。

 だが、彼が眉を寄せて、訝しんだのは一瞬。


「ああ、わかった。『君が私の妻となったからには、きちんと妻としての役目を果たしてもらおうか』?」


 何かに納得したようなサヴェスは、台詞を読み上げるように口にした。

 けれど、ぼふっとシィリンの顔は赤くなる。

 頬どころか耳まで熱くなるのを感じた。

 そんなシィリンの反応を見て、サヴェスは目を瞠る。


「君は随分とユニークだな」


 だが動揺しているシィリンにとっては相手の驚きなど些末事だ。


「な、なぜ貴方がその台詞を……?」

「同僚が面白がって読み聞かせてくれた」

「同僚の方が……」


 サヴェスが先ほど口にした台詞はシィリンが初めて登場したゴシップ紙の一面を飾った記事の中にあったものだ。彼が悪徳高利貸しの娘であった妻に強引に迫っているというスクープだった。

 さすがにゴシップ紙が一部を大きく切り取って誇大に書き立てているのは知っていたが、まさか捏造までされているとはと呆れたものの、読み物としては面白かった。 

しかもシィリンの好みドンピシャの傲慢で俺様な勝手な振る舞いの夫に年下の妻は振り回され虐げられていることになっている。


 サヴェスは金のために迎えた妻を憎んでおり、妻は女の敵のような夫を心底嫌っている。二人の仲は冷めきっているが、離婚できないため妻を蹂躙して憂さを晴らしているというような内容だった。


 はっきり言って興奮した。

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