第23話 極めた夫
公爵家が催す夜会は、敷地内の別に建てられたホールで行われる。
夜会などで使うためにわざわざ設けられた別棟であるため、外観も内装も一際豪華だ。シィリンの目は泳ぎっぱなしだった。
人々の衣装もさることながら、壁に彫られた彫刻、天井に飾られたシャンデリアのカットの美しさ。何をとっても目の保養である。
会場に着いて目を輝かせていたシィリンはいつの間にかオヌビアたちとはぐれてしまっていた。あちこちきょろきょろとしていれば当然だ。
だが気にも留めず、ふらふらと会場内のあちこちを彷徨っていれば、突然ぐいっと腕を引かれた。
「な、なに――っ」
「やっと見つけた」
驚きの声をあげたシィリンの声に被さるように安堵した声が降ってくる。
手を離しながら、ほほ笑んだのはサヴェスだった。
夜会の会場には大きなシャンデリアがいくつも下がっている。その光を受けて、藍色の髪が透けるように輝いていた。静謐な眼差しは、整いすぎた容貌と相まって尚更輝きを増している。そのうえ、夜会用の上等な衣装は、彼の見事な体躯を引き立たせるだけである。長い手足と均整のとれた見事の肢体を強調しているので、うっかり品定めしてしまったほどだ。
今も会場中の女性の視線を集めている。何人もの女性が彼の姿にうっとりと見惚れ、頬を染めて食い入るように見つめている。
その視線に全く頓着せず、サヴェスは無言で手を差し出して来た。
美貌の彼の妻は平凡で悪名高い高利貸しの娘である。
サヴェスがそれでも妻として扱えば、周囲の反応など、嫉妬まみれの眼差しに一瞬で変わる。刺さるような視線を感じて、シィリンは震えた。
これは立派な嫌がらせである。
素晴らしい。
やはり夫はわかっている。
ゴシップ紙を無駄に賑わせているだけではないのだ。ある意味天才的である。
女の嫉妬も羨望も何もかも煽る方法を知っているとしか思えない。
とても家に帰ってこず妻を放置している男には思えない態度である。
シィリンが分不相応な心地を味わっていると、彼は形のよい口を寄せて彼女の耳にささやいた。
「似合っている、とても綺麗だ」
その仕草だけで、女性たちが息を呑むのがわかった。
シィリンは感動して夫の言葉は聞き流す。別に自分を褒めてほしいわけじゃない。
そういうものはいらないのだ。
地味なシィリンは特技もなければ、誇れることもない。自分は脇役であり、端役で、誰かの引き立て役であればいいのである。
主役を横からそっと眺めてきゃあきゃあしているだけで満足だ。
不満を抱いたことなんて一度もない。むしろ光を当てないでほしいとさえ思う。
日陰者扱いで十分ですなのです!
だがこれが嫌がらせなのだとしたら、途端にご褒美になるのだ。
サヴェスは極めている。
シィリンの思考は複雑で、心はせわしなく跳ねる。
「どうして、こちらに?」
「家の者が招待されたと聞いたから、心配になって。君はあまり家の者たちと関わらないようにしていただろう。こうして普通にやってきたから安心した」
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