第22話 夜会への参加

 嘆く主人をリッテはせせら笑ったものだ。

 腹が立ったので、とっくみあいの喧嘩を吹っ掛けてみた。暗殺者であるリッテには相手にもされなかったのは言うまでもない。

 しかもあの日から食事も三食きっちり用意されるようになった。

 部屋までもってきて整えてくれるのだ。仕方がなく野菜スープ中心の胃に優しいメニューを希望した。


 シィリンは肉が苦手だし脂っこい食事も受け付けない。

 少量の魚と卵、牛乳、それに野菜と果物とパンなどがあれば生きていける。それを聞きつけたオヌビアとヴェファも同じ食事内容をとっている。美容にいいとか、髪に艶が出るとか散々吹聴したからである。


 結果、食堂で四人で食事をすることになった。まるで仲良し家族である。義父であるジッケルドクラ伯爵が文句を言うかと思ったが、彼は食事には頓着しないらしい。  内容が変わっても何も触れずに食べている。


 シィリンはこの事実に震えるしかない。

 屈辱だ。

 理想の政略嫁家生活はどこにいった。


 救いは帰ってこないゴシップ紙の話題に事欠かない夫と、無関心な義父である。

 実際に会ってみた夫から受けた印象は残念極まりないが、ゴシップ紙の中の夫は妻を放置して現在も数多の女と浮名を流して派手に遊んでいる。今週は、どこかの夜会で派手な美女をつれて颯爽と現れ、女を一瞬で振って別の女の腰を抱いて帰ったらしい。

 素晴らしい。期待はどこまでも膨れ上がる。


 そうして、本日は公爵家の夜会に招待されている。

 高位貴族が開く夜会への招待など、ここ数年ジッケルドクラ伯爵家ではなかったことらしい。本来なら伯爵家は高位に位置するというのに、いくつかの夜会では呼ばれないという悲しい事実。これまでの装いと実績ではその通りだろうとシィリンは納得してしまう。

 だからこそ義母だけでなく、義父のはりきりようは凄かった。

 屋敷全体が浮かれた雰囲気になっているほどだ。


 そんな中、シィリンはどこまでも冷めていた。

 夫からはもちろんドレスなどの用意はない。虐げられている感じがとても嬉しい。もちろんシィリンは自前で用意しているので恥をかくことはない。


 そもそも最初は行くつもりはなかった。どうせ碌なことにならないのは目に見えている。けれど、そこは義母と義妹に押し切られ、参加を決定づけられた。発端は茶会で義母が用意した菓子だ。それが話題になって今回、公爵家に招待されたらしい。けれど、彼女たちの装いが劇的に変わった要因がシィリンであると義母が話したことも大きい。

 そのため、シィリンに拒否権はなかった。


 お仕着せで行くことも考えたが、これまたオヌビアとヴェファによってあれこれと話し込んでいるうちに、シィリンもまともな格好に仕上がってしまった。

 謎である。


 用意を手伝ったリッテがにやついているのが、腹が立って仕方がない。


「では、行きましょうか」


 満足げに頷いたオヌビアに続いて、ヴェファとシィリンは馬車に乗り込んだのだった。

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