閑話3 煩わしい家族(サヴェス視点)
シィリンに促されて、サヴェスは食堂へと向かった。
いつもの場所で席に着けば控えていた給仕が、すぐに夕食を持ってきてくれる。
「おお、サヴェス。帰ってきていたのか」
父は上機嫌でサヴェスを出迎えた。
子どもに興味のない父である。何か用事があったのかもしれない。
大抵は金の無心であるのでやや身構えたが、そういう雰囲気もなかった。
「最近、投資がうまく行っていてな。そのうち、お前にも話をつけてやろう」
「投資ですか?」
父に事業の才能は全くない。
投資なども詐欺まがいのものばかり引っかかっては散財しているのだ。
そんな父がこれほど上機嫌とは。
サヴェスの警戒心が爆上がる。正直、これ以上こちらに迷惑をかけないのであれば好きにしてほしい。だが結局最後はサヴェスが処理することになるのだ。今の父が効く耳持たないのはわかっているので、黙り込むしかない。
夕食を食べながら、サヴェスはため息を吐いた。
既に胃が重たい気がする。
「そういえば、こちらに来る前に妻に会ってきたのですが」
「妻……? ああ、あの小娘か」
父は不思議そうに首を傾げた。
人一人を虐待しているというのに、少しも罪悪感がないらしい。
人らしい感情など持ち合わせていないことは理解しているので、サヴェスは一瞥するだけだ。その悪事に自分も加担していたのだから、今は心苦しい。
なぜあんなにか弱い年下の少女を放置できたのか、サヴェスは結婚したての頃の自分を殴りたくなった。自分が不幸だからといって、相手を虐げていい理由にはならない。しかも彼女に非がないのであればなおさらだ。
妻が家族に愛されていて、サヴェスにも当然のように同じ愛情を求めてきたとしても腹を立てる理由にはならない。多分、自分は羨ましかったのだ。
年甲斐もなく、ただ愛された少女に嫉妬した。
だが、なぜか母と妹がびくりと肩を震わせた。顔色も心なしか悪い気がする。
妻の現状に少しは心を痛めているのだろうか。
まさか。
そんな殊勝な心があるとは思えない。
長年家族として傍にいたのだ。彼らの性根などわかりきっている。血がつながっていることが不思議なほどにサヴェスには理解できない人種だ。
すでに家族はサヴェスから切り離され、煩わしさしかない。
だが、彼女を虐げることは違うだろう。
「せめて食事くらい満足に与えてやってください」
「食事だと? そんなことは知らんが、そうだったか?」
「え、ええ。席がないからと……こちらには顔を出してはおりませんでしたわ」
母が言いづらそうに視線を下げつつ、答えた。
罪悪感からか戸惑いは十分に感じられた。普段とは異なる殊勝な態度に、母は病気かと思ったくらいだ。
けれど母の体調に気遣うことはない。
「席がないなら、部屋で食べられるように手配してください」
さすがにいじめられている相手と一緒に食事をしたいとは思わないだろう。
席がないというのなら、せめて部屋で食べられるようにしてあげてほしい。
サヴェスが頼めば、父は面倒くさそうに手を振った。
「好きにすればいい。お前の妻だろうが」
「では、勝手にさせていただきます」
持参金目当ての妻だ。父の興味を引かないのはわかっていた。
父の了承は一応取ったので、執事に頼んでおけば手配してくれるだろう。
サヴェスはようやくほっと息を吐いた。
彼女はきっと簡単にこの家を逃げ出したりはしないだろう。なにかの覚悟をもって嫁いできてくれたのかもしれない。
それだけでなく、なんとなく図太い神経の持ち主の気がした。
あの生活感に溢れた部屋を夫に見せても平然とお茶を勧めてくる少女であるのだから。
少しおかしく思いながら、サヴェスは夕食を食べる。先ほどよりは胃の痛みが緩和した気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます