第19話 挑発
シィリンはほくそ笑む。
うまく相手を釣れたようだ。
挑発ならお手の物なので、もともと心配してもいなかったが。
「今からサロンにお持ちいたしますので、伯爵夫人はそれがお気に召したら、明日のお茶会にご用意いただくだけで構いません」
「私が気に入らなかったら、覚悟はできているのでしょうね」
やや拍子抜けした様子でオヌビアが長いまつげを瞬かせた。
だが告げている内容は物騒である。
「もちろん。伯爵夫人に満足いただける品であると自負しております。ところで、もしそのお菓子をお使いいただけるのであれば適切な装いというものがあります」
「たかがお菓子を用意するだけなのに?」
「もちろんでございます。お菓子を引き立たせるために、重要なこととお考え下さい」
「どういうこと?」
「普段の伯爵夫人の御召し物はかなり下品なのです」
「は、あ? 平民の貴女に貴族の何がわかるというのですっ」
一気に顔色を赤くして怒髪天をつく表情で怒ってくる。
「あ、貴女、お母様に今すぐに謝りなさいっ!」
ヴェファも顔色を無くして、シィリンに縋ってくる。
怒りの矛先を向けられている相手に縋ってくる時点で間違っていると思わなくもない。きっと気が動転しすぎているのだろう。
シィリンは落ち着き払って、せせら笑った。
「平民だろうがなんだろうが、美的センスくらいありますよ。むしろ華美な装いは派手すぎて目に痛いのです。周囲にそのような格好でお茶席にやってくる貴婦人を見たことがありますか?」
「――なっ」
心当たりはあったのか、オヌビアは震えている。
「で、でも、それは相手にお金がないからよっ」
このジッケルドクラ伯爵家も家計は火の車だ。オヌビアが内情を知っているかどうかは知らないけれど。平民の金持ちの方が、まだ金を持っていると言えるだろう。
だがそんなことを指摘してもオヌビアが納得するわけもない。
シィリンが責める方向は別のところだ。
「派手な装いが金持ちの証拠なら、王家の装いこそギンギラですよ。でもそんなことはありませんよね。つまり、適切なお金のかけ方というのがあるのです。上品にお金を使ってこその貴族ですわよ?」
「――っく、そ、そんな……」
「そして、今回のお菓子は見た目がとても重要です。そのためにテーブルに用意する際には気を遣う必要があります。装いはとても大事なのです」
衝撃を受けたらしくふらりとよろめいたオヌビアに、ヴェファは指を突き付けた。
「今から綿密な打ち合わせが必要です。もちろんヴェファ様もですわ。明日はジッケルドクラ伯爵家が茶会の話題を独占するのですよっ」
シィリンは玄関ホールで高らかな笑い声をあげ、二人を連れて衣裳部屋へと案内させた。
彼女たちはそれぞれ文句を言っていたけれど、もちろんシィリンは全く聞く耳を持たない。
ずらりと並んだドレスなどを見て、一瞬で顔を顰める。
「ありえない、ベルフェンの店でこの意匠? 冒涜よ……。こっちはサッデ? それでなぜこの布地を使うわけ?」
一目見て、店や使われている布地を見抜くとシィリンは震えた。
主に、純粋な怒りで。
「侯爵夫人、ヴェファ様……?」
ゆらりと振り返って、口角をあげる。
もちろんぎらついた瞳で目を細めれば、なぜか二人は抱き合ってのけ反っている。
「な、なに……!?」
「お母様、この方……とっても恐ろしい方なのです」
「はあ?」
母娘の戸惑った会話など無視して、シィリンは一喝した。
「めちゃくちゃな組み合わせに、無駄としか思えない装飾の数々! 洗練さも上品さもない衣装ばかりっ。明日のお茶会に備えて、今日は徹夜で学んでいただきますわよ――っ!」
これがサヴェスに明かさなかった夕食までの顛末である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます