第18話 犬猿の仲
無事に納得のいく値段で交渉できて満足したシィリンだったが、ヴェファは真っ赤な顔をして震えていた。
もう二度とあの店にはいかないと震えていたので、よくわからないが慰めた。
だが、これでしばらくはヴェファも宝石買いを控えるだろう。シィリンの第一の目的は彼女の宝石買いの衝動を抑えるためなので、成功だ。
帰りにシィリンはいくつかの食材を買ってジッケルドクラ伯爵家へと戻った。
リッテには買い付けた食材を使って厨房に行ってもらっているので、今は傍にいない。そのままお菓子を作るように命じてある。
シィリンは屋敷に戻ってすぐに、不機嫌な伯爵夫人であるオヌビアと会う。部屋まで押しかけるつもりだったが手間が省けて丁度よい。
「何をしているの、ヴェファ?」
「え、お母様、あの……これは……」
一緒にいるところを見て、伯爵夫人は眉をひそめた。不機嫌そうな声を出しているのは、娘が平民と行動に共にしているからだろう。シィリンを完全無視する形ではあったが、シィリンも夫人の意向をまるっと無視をする。
「伯爵夫人、ちょうどいいところに。明日のお茶会に用意するお菓子を買ってまいりましたの。ぜひ、お使いいただければと存じます」
「平民のうえに評判の悪い高利貸しの娘である貴女に用意してもらったお菓子なんていらないわ」
オヌビアは整った柳眉を吊り上げて、不愉快そうに鼻を鳴らす。
予想通りではあるが、もちろんシィリンにはきっちりと対策がある。
「お言葉ですが、伯爵夫人。今、お茶会で流行っているお菓子も平民が隣国から持ち込んで話題になったものですのよ?」
「は? そんなわけないでしょう」
「あら、ご存知ありませんでしたか。イマダリというお菓子はもともと隣国から流れてフェングシ伯爵領で流行っていたものです。それを王都に紹介したのがフェングシ伯爵夫人ですわ」
「フェングシ伯夫人ですって?」
「ちょ、貴女。お母様の前で、その名前は……」
横にいたヴェファが慌てて窘めてくる。
もちろんシィリンはオヌビアとフェングシ伯爵夫人との確執は知っているのだ。
彼女はオヌビアの元女学院時代の同級生で、フェングシ伯爵夫人の座を争ったのである。もちろんオヌビアはふられて、後にジッケルドクラ伯爵家に嫁いでいるわけだが、以来彼女を目の敵にしている。社交界で会っても火花を散らすほどに不仲である。
そんな彼女の領地で流行ったお菓子が、今茶会でもっとももてはやされているのだ。それに義母が心中で荒れ狂っているのもきちんと把握している。
「伯爵夫人、悔しくありませんか。かつての恋敵のお菓子を用意してお茶会を開くだなんて。ジッケルドクラ伯爵だって同じ家格だというのに、ですよ。それよりも流行は自分で作ることが真の貴婦人ですわ。上品に噂の発信者になりませんか?」
「聞かせなさい」
居丈高に命じたオヌビアの瞳はぎらりと暗い炎を燃やしていた。
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