第17話 必要な知識

 シィリンはソファに座って、ヴェファに向かいを示して、座るように促す。


「宝石の価値は大きさや輝きなどわかりやすいものもありますけれど、それだけではなく希少性も重要です。そのためには知識がとても大切なのですけれど、この宝石、ご存知かしら?」


 シィリンがブレスレットにしている宝石を掲げて見せれば、ヴェファはわかりやすく顔を顰めた。


「そんな小さな宝石の何が……」

「ですから、知識が重要なのですわ」

「馬鹿にして――っ」

「別にヴェファ様を馬鹿にはしておりません。知らないのなら知ればいいのです。ヴェファ様にはこれまでそのような知識を身に着ける機会がなかっただけでしょう。これは隣国の王朝が滅びた時に流出したと言われる『サガント・ヴァレ』と呼ばれる宝石です。王家の伝説になった神龍の心血という意味ですわ。よく見れば宝石の中にいくつものプリズムが閉じ込められているように輝くのです。もちろん国宝級ですのよ、城が建つほどの値段になります」

「は、あ? そんな小さな宝石が?」


 ヴェファは息を呑んで、シィリンの腕で輝くブレスレットを凝視した。


「知る人が見れば、あのように慇懃な態度になるほどの価値ですわ。つまり、今の私はこの店の最上級の顧客です。同じ宝石を買うと言っているのですから」

「そんな……我が家にはさすがにそんなお金は……」


 義妹は城が買えるほどの金額をポンと出せるほど、ジッケルドクラ伯爵家に資産がないことは理解しているようだ。

 だから店に勧められるままに、少額の宝石を買っていたのだろう。少額だと思わせないような接客を店が行っていたというのもあるのだろうが。


「ご安心ください。我が家の持参金がありますから。大金を出して良い物を買うのがお金持ちの美徳ですわ。ちまちま店頭に並ぶ宝石を買うのなんて上品ではありません。本当に価値のあるもので相手にマウントを取るときはさりげなく気づかせるのがエレガントですのよ?」


 上品な笑みを浮かべて、シィリンは義妹を見つめた。


「だって、相手が気づかなければ意味がないじゃない」

「知らないことを無知だと内心で嘲笑えばいいのですわ。ヴェイルマ侯爵令嬢はご存知なかった、もしくは私のブレスレットに気が付かなかった。目端の利かない人間は、やはり無能ですわ。そんな人と付き合うのは時間の無駄でしょう?」


 楽しげに笑って見せれば、ヴェファはなぜか真っ青な顔をしていた。


「あ、貴女……性格悪いって言われない……?」

「よくご存知で」


 リッテが感心したようにつぶやいた。きちんと少女の声ではあるが、侍女の態度ではない。

 軽く睨めば、彼はぺろっと小さく舌を出した。生憎とヴェファの死角になっているので彼女は気づいた様子はない。

 茶目っ気のある侍女である。


 シィリンは平民のうえに悪徳高利貸しの娘だ。

 学園内では友人らしい友人などいなかったし、卒業してからも一人も友人などいない。

 そんなシィリンを、リッテはいつも性格が破綻しているからだと称するのである。

 シィリンは友人などという存在を必要とはしていないので、少しも困ったことはない。性格が悪いかどうかもわからない。これが自分なのだから、仕方なくない?と思うだけである。


「そんなことより、ヴェファ様。宝石などここぞという掘り出し物を購入するための目利きが必要なのです。そのためにはじっと情報を集めて待たなければなりません。店頭に並んで店員がお勧めする宝石を買うなんて愚かな客になってはいけませんわ!」

「あ、貴女、失礼だわ……っ」

「本当のことです。愚か者の誹りを受けたくなければ待つことが大事なのですわ。そして、勝負はここからですわよ。我が家で鍛えた話術をお披露目いたしますわ! ぜひ、身に着けて社交界で生かしてくださいませ」


 店主が戻ってきてから、値段交渉という名の値引き合戦に意気込むためシィリンは握りこぶしを作ってみせたのだった。

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