第16話 上客
「また宝石を買いに来られたの? まあ貴女が決められたことだもの、尊重いたしますわ」
「心にもないことを」
「あら、穿ちすぎではなくて?」
ふふっと愛らしい笑みを浮かべるけれど、少女は意地悪く見える。
貴族令嬢のマウントの取り合いは、ゴシップ紙を読む時のような高揚感がある。ただ少し上品すぎるので、もう少し口汚く罵ってくれないだろうか。
シィリンがこっそりと妄想していると、それに気が付いたリッテが蔑んだ視線を寄越してきた。
「ヴェイルマ侯爵令嬢様、お待ちしておりました」
店主が頭を下げて、少女を奥へと誘う。
「注文していたものができたから取りにきたのよ。これと対のイヤリング。本当はもってきてもらうつもりだったのだけれど、早く確認したくて」
勝ち誇ったように豪奢な首飾りを見せて笑う少女に、ヴェファが歯噛みした。
「貴女はいつも店先に並んでいるものを購入なさっているのですものね。この店は特注もできるのよ? あら貴女には縁のないお話でしたかしら、ごめんなさい」
「余計なお世話よっ」
確かに少女の指摘するように、ヴェファはいつも店先に並ぶ宝石を購入しているようだ。それがお勧めだと言われているからに他ならない。
足元を見られているのは理解できる。
きっと経済状況などを踏まえ、良いカモだと思われているのだろう。
「ヴェファ様、落ち着かれて……」
「良い物を購入しに来たのではないの。あの女、女学院の同級生なのですけれど、ちょっとお金があるからっていつもいつも……お兄様に相手にされないから、こうしてやっかみを込めていびってくるのよ」
「へえ、旦那様は高位の貴族のご令嬢方からも人気がありますのね」
ゴシップ紙を読む既婚者などに人気かと思えば、普通に婚姻相手としても望まれているらしい。
「当たり前でしょう。お兄様は誰よりも素敵だもの!」
目をキラキラと輝かせて力説するヴェファは完全に恋する乙女である。
本当にサヴェスを慕っているのだなと感じた。
「彼女の兄があまり容姿のぱっとしない方らしくて、ますます僻んでくるのですわ」
ヴェイルマ侯爵令息については確かにゴシップ紙にはまったく出てこないので、シィリンは情報を持っていない。つまりゴシップ紙受けはしない容姿ということではあるのだろう。さらに紙面をにぎわせるほどの話題のある人でもないのはわかる。真っ当な貴族令息なのだろうなと当たりをつけた。
「旦那様が素敵なのはわかりましたが、ヴェイルマ侯爵令嬢には勝っておりますわよ?」
「はあ?」
余裕たっぷりにシィリンが微笑めば、店主が慌てて引き返してくるのが見えた。
「お嬢様、それで本日のご用件は?」
「わかっているくせに。これと同じ物が欲しいの。義妹に送ろうと思っているのよ。先日こちらに入荷したと聞いたものだから足を運んだのだけれど、用意できるかしら」
「は、はい。ただちに。こちらへどうぞ、お嬢様方」
店主は慇懃に頭を下げて、宝石店の中でも一番奥の上等な部屋へと案内した。
リッテが素早く室内を確認して、安全だというように小さく頷いた。
彼は護衛としても優秀なのだ。
「こちらでお待ちください。すぐにお持ちいたしますので」
店主は口早に告げると、興奮を抑えつつ部屋を出て行った。
「な、なんなの!?」
「ヴェファ様、とにかくお座りになられては?」
「あの男、これまでと全然態度が違いますけれど!? こんな部屋があったなんて知りませんでしたよ。貴女一体何をなさったの?」
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