第15話 遭遇

 宝飾店にやってきたシィリンに、ヴェファはつまらなさそうに店頭に並ぶ宝石を見やった。

 リッテは静かに二人の後ろに控えている。


「なによ、いつものお店じゃないの。この前も買ったところよ。これの何がお兄様の目に留まるというの?」


 ジッケルドクラ伯爵家がこの宝飾店を懇意にしているのは知っていた。財産を調べる時に支出状況も調べている。夫人と義妹が、どれくらいのものを購入しているのかもシィリンは把握している。リッテが領収書を探してきてくれたので。

 王都で一、二を争う宝飾店だ。調べるまでもなく、大半の貴族が利用しているのはわかっていた。


「これはこれはジッケルドクラ伯爵家の――本日は、どのようなものをお探しで?」


 奥からやってきた店主らしき初老の男が慇懃に頭を下げた。

 それは上得意のヴェファではなく、シィリンにである。

 さすが高級店だ。情報を仕入れるのが早い。


 シィリンが大金持ちの悪徳高利貸しの娘で、ジッケルドクラ伯爵家に嫁いだと知っているのだろう。

 シィリンが初めての来店であると知っているのに、最上級の売り口上を押し付けてくる。

 だからシィリンは髪をかき上げるふりをして、さりげに店主にブレスレットを見せつけた。それだけで、目ざとい彼ははっと息を呑む。だがすぐに表情を改めた。さすが接客のプロだ・

 何かを感じたヴェファが不快げに肩眉を上げる。


「貴女もこの店を?」

「いえ、初めてですわよ」


 シィリンとヴェファのやりとりに店主はにこやかな笑みを深めた。

 父が自身が借金のかたとして抑えた宝飾店を利用しているので、シィリンに与えられるのはもっぱらそちらのものだ。


「お嬢様、この度はどのようなものをお求めでいらっしゃいますか?」

「知らないわ。この人に連れてこられたのよ」


 シィリンに店主は話したが、ヴェファが自分のことだと勘違いして答えた。

 つっけんどんな態度のヴェファにシィリンがなんと答えようかと思案していると扉が開いた。

 入ってきたのはヴェファと同じ年頃の少女である。

 華麗な装いにやや年上の見目の良い従僕を連れている。一目で高位の貴族令嬢とわかる出で立ちに、気品を纏っている。だがヴェファに気づいて向けた笑顔には明確な悪意があった。


「あら、ヴェファ・ジッケルドクラじゃない。こんなところで、何をしているの?」

「買い物に決まっているでしょう?」

「ええ? 小さな買い物なら何度も足を運べてよろしいわね」


 高額商品を買えば、しばらくは宝石店を訪れる必要はないと言いたいのか。それとも足繁く宝飾店に出入りしていることを揶揄っているのか。確かに、ヴェファが購入しているものは値段が比較的手ごろなものだ。ジッケルドクラ伯爵の資産を予測して店側があまり高額商品を売りつけていないことは明白だ。それを少女はヴェファが身に着けている宝石から察しているのは理解した。


 何を当然のことを聞くのだと馬鹿にしたヴェファの反論を、少女はきっちりと抑えた。

 毅然とした態度は相手の方が上か。

 どうしたってヴェファが小者に見える。


 ただこんな店で言い争うのだから、どちらも変わらない。

 少しも優雅ではないのだ。

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