第14話 婚家の教育

――時は遡り、サヴェスの帰宅の数時間前。


 リッテに豪奢なドレスを用意してもらって気つけてもらった。

 久しぶりにきっちりと化粧を施して、貴族令嬢らしい上品な仕立てをしてもらう。

 その格好で、義妹が帰ってくるのを待ち伏せする。

 彼女の平日は女学校に通っていて、夕方になって戻ってくるという生活を送っているのだ。きちんと調べはついているのである。


「あら、お帰りなさい」

「な、こんなところで何をなさっていますの?」


 馬車から降りてこようとしたヴェファをもう一度馬車に押し込むようにして、シィリンは乗り込んだ。

 御者に行先を告げたリッテが乗り込んできて、また馬車は動き始める。


「な、なんですの?」

「ちょっと一緒にお買い物にいきましょう」

「なぜ私が貴女と一緒に行かなければならないのっ」

「それはもう止むにやまれぬ事情がありまして」


 なんの事情もないけれど、適当に言いくるめれば彼女は目を釣りあげるだけだ。


「何を言って……私にはないわよっ。さっさと降ろして頂戴。大体、どうして悪徳高利貸しの娘なんかと同じ馬車に乗らなければならないのかしら」

「それは私が貴女のお兄様と結婚したからですかね。冷徹と名高い宰相補佐官様とはお似合いでしょう?」

「お兄様は素晴らしい方よ!」


 ヴェファの激高に、シィリンの瞳の光が一瞬で消え失せた。


「ああ、なるほど。こっちか……」

「お嬢様……」

「いいの、わかっているわ。こういうこともあるかもしれないと思っていたから。想定内よ」


 物言いたげなリッテに、シィリンは首を横に振って見せた。

 ゴシップ紙でもよくある展開である。義妹が実兄である夫を愛していて、悋気を妻に向けて執拗な嫌がらせを行う。

 うん、それはそれでありよ。


 やはり妹という存在は妻にとってはそれなりに厄介な存在で、いびり方も若さに任せた衝動的なものが多くなる。花瓶を投げつけてくるとか、本を投げてくるとか、夜会で体当たりをかましてくるとか。

 体力づくりには余念がないので、シィリンとしてはいつでもこいと言ったところである。


 やる気も気合も新たに、義妹にすり寄る。

 そもそもシィリンの趣味は誰にも理解されないことはわかっているので、自分が満足できればそれでいいのだ。


「なんの話よ?」

「いえ、こちらの話ですから」


 訝しむヴェファににっこりとシィリンはほほ笑んで見せた。


「お兄様が大好きな貴女に、ぜひとも送らせていただきたいものがあるんです」

「いらないわよっ」

「まあまあ、見てからでも損はありませんから。それに貴女のお兄様も大好きなものですよ。きっと目に止めたら褒めてくださいます」

「貴女が、お兄様の何を知っているというのっ!?」


 おや、馬鹿ではなかった。

 売り口上を述べただけだが、あまりに適当に話しているとシィリンのぼろが出るらしい。

 確かに夫であるサヴェスのことなどシィリンは何も知らない。

 これから行く店で彼の興味が引けるかどうかは全く興味もない。ただヴェファを連れて行きやすくするためだけの方便だった。だがあまり適当なことを言うのはやめよう。余計な怒りを買って、ヴェファの機嫌を損ねるだけだ。


「まあ、試してみてからも遅くはありませんから」


 うふふと笑って、シィリンは誤魔化したのだった。

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