第13話 夫の思惑

「……そうか、君は優しいんだな」

「はあ?」


 困惑しているシィリンの前でサヴェスはなぜかしきりに頷いている。

 何を納得できたのかは謎である。

 しばらくサヴェスはお茶を飲んでいた。

 おしゃべりなたちではないのだろう。会話は途切れて、沈黙が落ちる。

 だが、居心地の悪いものではなかった。

 ゴシップ紙からは女の敵のような書かれ方をしているけれど、実際は穏やかな人柄なのだろうか。

 そうであれば、シィリンの理想とする結婚相手からはかなり外れてしまうが。

 そういえば、彼は何をしにシィリンのところへやってきたのか。

 久しぶりに家に帰ってきたというのに、受け入れてもいない妻の部屋にやってくるのも不思議だ。食べていないことを心配したとしてもこうしてちゃんと生きていることを確認できたのだから、用は済んだはずである。


「そういえば、旦那様は夕食はお済みですか?」

「いや、まだだが」

「大変、食堂へ向かってください。皆様、食事中ですから」

「え、あ、ああ」


 お茶を飲み干したサヴェスはシィリンに追い立てられて、部屋を後にしたのだった。

 サヴェスがいなくなると、リッテが窓からするりと中に入ってきた。中を窺いながら入ってくるタイミングを見計らっていたのだろう。


「お前、よくこの部屋にあいつを入れたな」

「ノックもなく押しかけてきたのよ。どこに止める暇があったと思うの?」


 シィリンは憤慨して、リッテを睨みつける。


「だから、さっさと洗濯物は片付けておけと言ったのに」


 部屋の隅には張られたロープにタオルが数枚掛かったままだった。

 もちろんシィリンは気が付いていた。

 下手に隠し立てするよりも堂々としていた方が、相手は触れないものである。実際、サヴェスは視線を一度投げかけたきり、決してそちらを見ようとはしなかった。


「下着は片付けてあったから! タオルくらい許してくれてもよくない? 大体、あの人は一言も触れなかったわよ」

「まさか妻が自分の部屋で洗濯物干してメイドの格好で呑気にお茶しているなんて想像もしなかったんだろうさ」


 リッテはけらけらと笑う。

 必死で取り繕っていたシィリンは唸るほかなかった。


「それで、あいつは何しに来たんだ?」

「さあ? お茶を飲んだだけだから」


 実際、彼が何をしに来たのか、見当もつかない。心配して駆けつけたわりに、したのはお茶を飲むことだ。夫の思惑は少しもわからない。


「義妹と出かけたことがばれたとか?」

「そんな雰囲気はなかったけれど。ばれたところで、別に何も悪いことはしていないわよ?」


 仲良く義妹と今日の夕方に買い物に出ただけの話だ。

 彼女が楽しめたかどうかは別の話であるが。

 シィリンがほくそ笑めば、リッテは面白くもなさそうにふうんと適当な相槌を打つにとどめたのだった。

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