第12話 期待外れの夫

 安い茶葉は均一に加工されていないので、普通に淹れただけでは渋みが際立ってしまう。渋みを抑えて低温で蒸らすと甘みが増すと気付いた。

 リッテと実家にいた時に試行錯誤して安い茶葉をおいしく淹れられる方法を研究した甲斐があったというものだ。まさか未来に自分の夫に披露することになるとは思ってもみなかったが。


「君が淹れたのか。というか、今日? 君は部屋から出てこないと聞いたが」

「食事が出ないので、色々と買ってきてもらうしかなくて……お義父様からは家の物には手をつけるなと言われておりますし」

「そ、そうか……それは申し訳なかった」

「いえ、なんとかなっているので大丈夫です」


 想定内であるし、厨房からも勝手にリッテが拝借してきているので、シィリンに支障はない。

 しかし謝罪されるとシィリンのテンションが落ち込むのでやめていただけないだろうか。できればゴシップ紙の記事のような態度でお願いしたいものである。

 シィリンが目を伏せれば、サヴェスが呻くように問うてきた。


「その、君の格好だが……」

「同じく家の物には手をつけておりませんから、持参したものを着ておりますの」

「そうか、併せてすまない」


 彼はなぜか悲痛な顔をして、項垂れるように頭を下げた。

 結婚式のときにシィリンに向かってジッケルドクラ伯爵家の者は仕える気がないと言い放った傲慢さなど微塵もない。この国で一番不幸な花嫁だと言ったくせに、その冷たさもない。

 期待外れもいいところだ。理想の夫とはかけ離れすぎている。


「とにかく、着る物や食べ物はなんとかする」

「ええ……? 結構ですわ」


 シィリンは面食らった。内情は落胆の嵐だ。

 ゴシップ紙の記事が頭の中を駆け巡る。

 深夜に女性を裸で追い出したとか、三股かけていたくせに誰にも気がないと言い放ったとか。夜会で出会った既婚者の女に昨夜は最低な一夜だったと嘲笑って離婚に追い込んだとか。


 あの女の敵で、性格がごみ屑のような男はどこにいったと言うのか。

 傲慢で冷徹で性格は極悪。

 ゴシップ紙を騒がせる夜の傲慢王なんて騒がれていたくせに!

 寝台の影に積み上げられているゴシップ紙の束が浮かばれなくて泣いているぞ。

 そんな幻覚まで見えるほどである。


「さすがに、怒っているのか?」


 サヴェスはシィリンの顔を窺うように上目遣いで問いかけてくる。

 まるで捨てられた子犬のように憐れな姿に、シィリンは思わずドキンと心臓が跳ねた。

 いやいや、趣味じゃない。

 全く趣味じゃないのに、なんで心臓は不思議な鼓動を刻むのか。


「いえ、怒ってはおりませんが……」


 落胆はしてますよ!?

 噂と違いすぎて、心の底からがっかりしているレベルである。

 シィリンが言い淀めば、彼はなぜか力なくほほ笑んだ。


「……そうか、君は優しいんだな」

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