第11話 余計な配慮
「あら、旦那様。お帰りなさいませ」
突然開いた自室の扉を見つめて、シィリンはお茶を飲みながら、首を傾げた。
ちなみに、今部屋にはシィリンしかいない。リッテはお茶に合うお菓子を探しに厨房に出掛けているからだ。
一週間ぶりのサヴェスは、変わらずの美貌を向けてきた。だが、なぜか鋭い瞳を見開いたまま固まっている。
シィリンの今の格好は実家からもってきたお仕着せなので、それも彼の驚きに一役買っているのかもしれないが、しっかり目を瞑る。
「どうかなさいました?」
小首を傾げてふふっと自分なりに愛らしい笑みを浮かべて問いかけるが、彼はびくっとしただけだった。
どうかした状況しかないのだが、全力で誤魔化す所存だ。
サヴェスの顔には困惑を通り越した戸惑いが浮かんでいたが、なんとも失礼な反応ではある。
だがそのまま丸め込むのが得策か。
変わらぬ笑みを浮かべて夫の様子を見つめれば、彼は漸う口を開いた。
「き、君は何を……」
「食後のお茶を楽しんでおりました」
「食後? 食事は一切運ばれていないと聞いたが」
帰ってきて早々に妻が食事をしていないと聞かされたのか。
そんなことをわざわざ教える誰かもこの家にはいるのだなと、ちらりとシィリンは考えた。誰とはわからないが、積極的にシィリンに関わってはこないので、家主の意向には逆らわないが、家のことを把握している執事などの上級使用人だと当たりをつける。
けれど、感謝はしない。どちらかといえば、余計なことをしてと呆れた。
「心配してくださったのですか。ですが、もともと少食ですので、一日一食でも問題ありませんわ。外出を禁じられているわけではありませんから、連れてきた者に頼んで外から仕入れることもできますし。それに素敵な部屋をあてがっていただきましたもの。水があればたいてい人は生活できますのよ?」
まさか、厨房からいろいろと盗んでいるなどと白状できるわけもない。外から仕入れているのも事実だ。シィリン自身が買いに行っているが、リッテも連れていくので嘘は言っていない。
シィリンはゆったりとほほ笑んだ。
それなりに淑女教育は受けている。悪徳高利貸しの父は大金持ちであるので、金に物を言わせて没落した高位貴族の令嬢を雇ってシィリンの家庭教師に据えた。所作は完璧とのお墨付きをもらっているのだ。だが、上辺だけ整えたところで、シィリンが平民であることには変わりない。
どこかバカバカしさを含んでいるのは否めない。
それはシィリン自身わかっている。だから、サヴェスが妻にした女にどんな感想を抱こうが知ったことではないし、配慮もしない。
彼もシィリンに気遣いなど見せなくていいのだ。
お茶の入ったポットを掲げてみせるが、もちろん、このお湯も厨房から拝借している。些末事だ。
「水?」
「あら、もちろんこれはお茶ですわよ。旦那様も一杯いかがかしら?」
「ああ……」
なぜかふらふらとサヴェスは部屋に入ってきて、シィリンの向かいの空いている席に座った。
まさか一緒に飲むとは思わなかったが、誘ったのはこちらなので空いたカップにお茶を注ぐ。ちなみに空いたカップはリッテが飲むはずだったもので、まだ未使用である。こちらも一式厨房から拝借してきたものだ。
サヴェスはカップに手をかけ、無言で口付ける。ゆっくりと味わうように一口飲み下した。
「おいしいな……いつも飲むものと茶葉が違う」
「わかります? 本日特売で買ってきたものなのですけれど、なかなかふくよかな味わいがするものでしょう。淹れ方にコツがいるのですよ」
思わずシィリンは身を乗り出して力説した。
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