閑話1 愛された花嫁(サヴェス視点)
久しぶりにサヴェスがジッケルドクラ伯爵家に帰ったのは結婚式から一週間経った頃だった。
実際には、彼は日付を意識したわけではなかった。
結婚して妻を得たこと自体、サヴェスは認めていなかった。相手が王都で悪名を轟かせている高利貸しの娘であると知って、ますます嫌悪の対象になったほどだ。
別にサヴェスが妻を欲したわけでもない。むしろ結婚は煩わしいもので、跡継ぎなどほしいわけもない。一度も望んでいないのに、すでに結婚式を終えている事実に目を逸らしている。
大方、金を欲した父が持参金目当てで息子を売ったのだ。父は昔から金への執着が異常だ。そのくせ、守銭奴というわけではないのだから、貯まることはない。いつもあくせく金策をしている。
そのうち、妹も金持ちに売るつもりだろう。
サヴェスにとって家族は煩わしい頭痛の種である。実妹といえども、助けるつもりなど少しもなかった。
だから、結婚式の時に初めて妻となる少女を見た時、衝撃を受けたのだ。
年は十六だと聞いた。
天真爛漫で無垢で可愛らしい少女が、父親に売りつけられるように見ず知らずの男に嫁がされる。そんな現実をすっかり受け入れてほほ笑んでいる純真さに、呆れたのである。
まるで愛されることが当然とばかりに、サヴェスにキラキラとした栗色の瞳を向けてきたのだから。
誰かに拒絶されたことなどないのだろう。
全身から幸せそうな雰囲気を出している彼女は、両親に溺愛されていることは傍目から察せられた。幸福そうに見えたのだ。
だから結婚式の後に彼女にあてがわれた部屋の位置を使用人から聞いて、どんな反応をするのか見に行った。
今なら悪趣味だと呆れるけれど、その時はよくわからない義憤に駆られていた。
ジッケルドクラ伯爵家がとんでもない魔窟であると彼女に知ってほしかったのかもしれない。彼女を溺愛しているだろう高利貸しの父親はとんでもない家に娘を押し付けたのだと理解してほしかったというのもある。
そして、それを知った彼女がどれほど打ちひしがれているのかと確かめたかった。
だが、部屋を訪れたサヴェスを迎え入れた少女に疲れは見えたが、サヴェスに向けた瞳は変わらなかった。
純粋なキラキラした瞳。愛されることを知って、誰かを愛せるといわんばかりに希望に満ち溢れた瞳だ。
部屋を見ても嫌味を言えるくらいの感想を持つというのに。
そのことに無性に腹が立ったのだ。
だから、辛辣な言葉を吐いてしまった。
それでサヴェスにもジッケルドクラ伯爵家にも愛想をつかして逃げ出してくれればいいと願ったのも事実だ。
今更、大人げなかったと後悔しても遅いことはわかっている。
いい年の男が、いくら相手に逃げてほしいからと不幸な花嫁だの、同衾しないだのとあまりに配慮のない言葉ばかり投げかける。しかも相手を怖がらせるために寝台に押し倒すまでしたのだ。
自分らしくない態度に、つい動転してしまった。気恥ずかしくなって、結局その後は無言で部屋を去るしかできなかった。
だから、家に帰りづらくて職場で寝泊まりをしていたのだ。
だが職場は本来長期に宿泊できるような場所ではない。上司にばれて一度は帰るようにと促された。そのため、こうして帰宅したというわけである。
夕食の時間帯だ。
家族は食堂にいるだろう。つまり、妻となった彼女もそこにいるに違いない。もしかしたらとっくに逃げ出しているかもしれないが。
というか逃げ出していてほしい。
普段はそんなことをしないのに、サヴェスは神にすら祈ったほどだ。
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