第9話 調査結果
手にしていた箒を放りだして、シィリンはリッテに飛びついた。
「ふふ、さすがビズーだわ。仕事が早い」
「げ、あいつに頼んだのか」
ビズーは父の右腕とも呼べるほどの敏腕秘書だ。リッテと同じく細身の優男であるが、それは見かけだけである。
諜報と隠密にかけては彼の右に出る者はいない。そのうえ、リッテに暗殺技術を仕込んだ師匠でもある。何度も殺されかけたらしく、リッテはビズーに苦手意識を持っているのだ。そんなリッテの内情など、シィリンには全く関係ないので、喜んで手紙を受けとる。
だが、彼の反応は妙だ。手紙を受け取った時に会ったのではないのか。
不思議になって尋ねれば、リッテが顔をしかめた。
「ビズーが手紙を持ってきたのではないの? 直接、受け取ったのでしょう?」
「持ってきたのはメイだった」
リッテと同期のメイドの名前を聞いて、シィリンは納得した。
もしビズーが直接手紙を持ってきたとしたら、シィリンが無傷で戻ってくるはずもない。それくらい挨拶代わりに喧嘩をするほどの仲なのだ。
それはともかく、こうして欲しいものは手に入った。
「これで、情報は揃ったわね」
手紙を開封して、一読するとシィリンはにんまりと笑う。
書きかけの書類は、手紙に書かれた情報を記入すれば完成する。
ジッケルドクラ伯の領地の歳出入はすでにリッテに入手してもらっている。ついでに、この屋敷の収支についても帳簿を写してある。有能な暗殺者はどこにでも潜入してくれるので重宝するのである。
屋敷の中でわからなかった情報をシィリンは実家を使って調べてもらった。
受け取った手紙には、シィリンの持参金とジッケルドクラ伯が父にどれほどの金を借りているのかについて詳細に書かれていた。
「こうしてみると、本当に支出が多いわね。骨董、服飾、装飾、食材……極めつけは投資と。一体どれだけ買えば気が済むの。無駄な浪費は身を滅ぼすとなぜわからないのかしら。領地からはかなり無茶な税金を取り立てて領民がかなり逃げ出しているわ。それを補うためにまた増税とか。これは本当に目も当てられないわね。目ぼしい産業もないし、特産があるわけでもない。雇用がないのだから、この税金を支払うのは厳しいわよ」
「ま、領民は単なる金づるなんだろう」
リッテの言い方は身も蓋もないが、結局のところ的を得ている。
ジッケルドクラ伯は良い領主、ひいては良い経営者にはなりえない。
シィリンは実家に出入りしている貴族や富豪を見てきているので、人を見る目はあるつもりだ。地位に見合わない者の末路も、嫌というほど知っている。
「民にも考える頭があると知るべきでしょうね。領地については一旦保留よ。とりあえずは、この浪費を抑えるしかないわ。リッテ、着替えるわよ」
「こちらのドレスでよろしいでしょうか」
シィリンの意図をくみ取ったリッテは、衣装箪笥からとっておきの一品を取り出して掲げて見せた。
シィリンはそれに満足して大きく頷いたのだった。
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