第8話 一通の手紙

「あれほど、意気込んでいてお嬢は一体何をしているんだ?」


 ゴシップ紙を大量購入して、数日はにやにやしていたシィリンである。

 愛読しているゴシップ紙の一面に自分のことが載るとは夢にも思っていなかった。これは家宝にすべきと意気込んで、何度も読み返してはくふくふと笑っていた。


 ぜひ今後とも記事に載りたい。きっと夫と一緒にいれば、それなりに登場するだろう。だが売れないと今後、自分は載らないかもしれない。シィリンは幸福に包まれながら、頭を悩ませていた。

 何よりジッケルドクラ伯爵家の財政難をなんとかしなければ、妻という立場も危うい。そのための策を考え、意気込んでいたのだが。

 リッテは主人を見やって、心底理解できないと言いたげな顔をした。


「なぜ、見てわからないの?」


 箒を片手に、シィリンは腰に手を当ててリッテを見やった。

 もちろん彼女の格好は愛用している実家の召使いの装いである。


「部屋の掃除よ」

「いや、それはわかる。なんで、掃除?」

「だって、誰も掃除に来ないのだもの」


 この家のメイドたちがやってくるのはシィリンに嫌がらせするためだけだ。それも動物の死骸を置いたり、生ごみを撒き散らしたりする程度。それも気づいたリッテが脅して本人に持ち帰らせているので被害はない。すぐに相手も嫌がらせをやめてしまったほどだ。

 

 おかげで、わりとのんびりとシィリンは過ごしている。

 だが部屋が汚いのは問題だ。

 とくに掃除が好きなシィリンには。


「これはあれよ、召使いとして掃除をしろということなのだわ。任せて、私、こういうの大得意だから」

「昔は散々、実家の奥様にいびられてメイド長のミミさんに仕込まれたものな。そりゃいいんだが、お嬢は本来の目的を忘れたのか?」


 結婚式を挙げてからすでに一週間である。

 ジッケルドクラ伯爵家にやってきてから、シィリンはほとんど部屋にこもっている。この部屋は日当たりは悪いが一応客間の機能は果たしていて、水回りは揃っている。おかげで生活に困ることがない。食事の席に呼ばれることはなく、もっぱらリッテが厨房からくすねてきた料理を食べている。完全に引きこもりだ。


 夫は結婚式から一度もこちらに帰ってきていないらしい。使用人たちが噂しているのをリッテが聞いている。

 そのせいかわからないが、基本的には誰もシィリンの生活に構わない。放置されているので、好き勝手しているのだ。


「そういえばリッテ、次は長めのロープが欲しいわ。あと、石鹸が切れそうよ」

「やっぱり忘れてるんじゃないか。しっかしこうしてみると物凄い生活感のある部屋だよな。最初の殺風景が嘘みたいだ」


 箪笥とカーテンの間にロープを渡して洗濯物を干している。

 小さな書き物机には書類を広げて、書きかけの手紙が放置されている。

 寝台の傍のローテブルには飲みかけのカップが置かれている。

 生活しているのだから、当然だ。


「あら、物を持ち込んできたのはリッテよ?」

「知ってるー」


 シィリンが生活を送る上で必要な物資は、リッテに頼めば立ちどころに調達してきてくれる。

 ジッケルドクラ伯には家の物に手をつけるなと言われているが、シィリンではなくリッテが行っていることなので言いつけを破っているわけではない。だから、何の問題もないと胸を張るほどだ。


「それで、今度は掃除。欲しいのは長めのロープと石鹸って……この伯爵家を立て直す話はどうなったんだ」

「慌てたって情報が集まらないんだもの、仕方がないでしょう」


 呆れつつリッテを軽く睨めば、彼は自信たっぷりに微笑んだ。


「貴女の優秀な侍女は、ここに一通の手紙を預かってます」

「それを早く言いなさい」

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