第6話 今朝の収穫
部屋に戻ったシィリンは、憤慨していた。
「――ぬるいわ」
その主人の一言を聞いて、リッテは呆れたらしい。
「いや、だからゴシップ紙の読みすぎだって言ったじゃないか。ジッケルドクラ伯は歴史ある貴族家だ。夫人は同じく伯爵家のご令嬢だった女だぞ。温室育ちの奥様やお嬢様が、お前が読んでいるような朝食を床に投げつけて犬みたいに食えとか言うわけないだろうが」
「ゴシップ記事には毎回といっていいほど載っていたのよ? なんのために、ドレスを着ていったと思っているのっ」
日常的にどこかの家が嫁や義理の娘を虐めている話はゴシップ紙の紙面を賑わせている。なぜ、それが自分の身に起きないのか不思議で仕方がない。
熱い料理を投げつけてもいいし、飲み水をかけるのだってありだ。犬のように地べたで這って食えなんて最高じゃないか。
食卓の虐めなど、ヴァリエーションには事欠かない。
だというのに、言葉だけだと?
席の用意がないことなんて、全然大したことはない。
期待外れもいいところだ。
これなら、実家の義母の方が苛烈だった。さすがは平民と言うべきか。
「きちんとした格好で朝食を食べるのは貴族にとっては当たり前だ。お前の実家での格好がおかしいんだよ」
「汚れてもいいように、綺麗なドレスを選んだのにっ」
「いや、汚すなよ。ほんと、どっかズレてんだよなあ」
悔しがるシィリンに、リッテは肩を竦めている。
「いいわ。これに関しては今後に期待するから。でも、収穫はあったわね」
「うん、どうした?」
突然、確信したシィリンに、リッテは今度は何が不審げに目を向けてきた。
「この家、破産するわよ」
「どこを見て、そう思ったんだよ。こんな金のかかった家、なかなかお目にかかれないだろうに」
「甘いわね。朝食のテーブルを見たでしょ。朝からテーブルに並びきれないほどの料理。しかも果物は隣国から早便で届くギラを含めて高級食材。だというのに手をつけていたのは一部だけよ。あれを後で使用人たちに下げ渡して食べるにしても、料理が多すぎるわ。それにテーブルクロスはドレスに使われる最高級のヴェルッチよ。カトラリーが銀製なのは貴族らしいけれど、王都でも名のある工房のデルバの最新式デザインのものだったわ。確か王太子の誕生祝いに贈られたシリーズの発売記念に製造されたものよ。刻印が見えたもの。ついこの間の話よ。壁に置かれた花瓶もこの前宝珠を授けられた名工ヴィジュルの作。カーテンにまで宝石縫い付けてレースも高級品、最新式。これだけ散財していて、破産しないわけがないわ」
「お前、あの短時間でよく見てたなあ」
唐突にべらべらとまくし立てたシィリンに、リッテが戸惑ったように瞳を揺らした。
暗殺者に目ざといと褒められて、悪い気はしない。
「悪徳高利貸しのお父様から、差し押さえた商品の鑑定依頼を受けていればこれくらい当然よ」
「ああ、やってたな。そういうの……」
「彼らの格好も問題よ。あんな高級品着て朝食を食べるなんて正気の沙汰じゃないわ。汚れなんて簡単に落ちないものばかり。まさか一度着たらもう二度と着ないとか言うのではないでしょうね。なぜ平気なのか理解できないっ」
恐怖で身を震わせたシィリンをリッテはやる気なく宥める。
「相変わらず恐怖するところがおかしいんだから。まあ、ちょっと落ち着けよー」
「落ち着けるわけないでしょ! ジッケルドクラ伯の領地はそこそこ潤っているけれど、これほどの収入はないわ。私の持参金だってこんな勢いじゃあすぐに底をつく。もしかして、お父様からかなりの借金をしているのではないかしら」
「おっさんは、お嬢に金を回収させようと結婚させたのか?」
「そんな面倒なことせずに、さっさと破産させて今ある家財を一切合切差し押さえればおつりがくるでしょうに」
やはり父が何を思って結婚させたのはわからない。
ただ、この家が破産ギリギリの崖っぷちなのは理解できた。
「伯爵暗殺すれば、どうにかなるか?」
「それはまったくエレガントじゃないわ」
暗殺者らしいリッテを止める。
平民であるシィリンにだって美徳というものはあるのだ。
エレガントなことはすべきではない。
「こんなに理想の旦那様がいて、素敵な政略結婚生活が満喫できると喜んでやってきたのに! なんてことなの。のんびり嫁いびりを満喫していたら、あっという間にこの家はなくなってしまうわ。こうしてはいられない、徹底的に調べるわよ」
「仰せのままに、お嬢様。その前に、朝食をちょろっと拝借してきますわ」
リッテは優雅に一礼して、部屋を出て行ったのだった。
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