第7話 マーヤのとんがり帽子
大通りから外れて二分、左手側にその店はあった。
外装は案外辺りの家と同じに見えるが……内装はどうなのだろう。
数段階段を上って店?の入り口前に立つ。
そこには確かに掛け看板に『OPEN』と文字が書いてあった。
こんな時間に……一応はやっている、ってことだよな?
不安しかないが……じゃあ入ってみるか。
俺はそう言い聞かせるように、頷くとドアノブを握って扉を開けた。
【たった今『匿名希望』によってシークレットショップが発見されました】
【それによって一部の機能が解放されました】
「ん?」
このワールドアナウンスって、タイミング的に俺の事か?
……あっぶねぇ。ダイブ前の設定で匿名希望にしておいてよかったぁ。
機能解放うんぬんは後から確認しよう。
しかし……錬金術師の店という物だから、店の中には薬品っぽい匂いが充満していると思っていた。
しかし、実際はどうだろうか。スーパーの柔軟剤販売コーナーくらいの良い匂いがする空間だった。しかもキツくない。
そんな事を思っていると、店の奥から「カツ、カツ」という音が聞こえてきた。
「なんだい、客とは珍しいねぇ」
姿を現しての第一声がこれであった。
短髪の白髪に皺が目立つ顔。そこに黄緑色の怪しげな瞳孔、それを隠すかのように丸眼鏡をかけている。右耳にはピアスが垂れ下がっており紫色の宝石が店内の光に反射してちらちらと輝く。
衣服はローブのせいで見えない。この怪しげな風体からローブの中に暗器を隠していてもおかしくはないなと考える。
いや、それより今は客じゃないと証明しなければいけない。
俺はインベントリから冒険者カードを取り出して、老婆――恐らくマーヤさんに近付く。
「いや、俺は依頼を受けて来た。フィエルという」
「……ほう?」
マーヤさんはカードを受け取るとその丸眼鏡越しにカードを見つめ、そして俺を見た。
それはさながら猛禽類の目のような圧があり、俺は背中に冷や汗が伝ったような気がした。
「……そうかい。付いてきな」
マーヤさんはぶっきら棒にそう言うと、杖を突いて歩き出す。
俺は都会に来た田舎者のように棚を見渡しながらその後に続いた。
扉を二戸潜り、大きな台の前でマーヤさんは立ち止まり振り返って、指をさす。
「ここに置いとくれ。
……報酬はどうするんじゃ」
「分かった。
報酬は……初級錬金術セットのお古があれば、それが欲しい。
無理であれば、600Rで構わない」
俺はマーヤさんの問いに答えつつ、インベントリから骨を取り出していく。
初級錬金術セットのお古は吹っ掛け過ぎたか……?完全に無言だぞ、マーヤさん。
それにしても、依頼の条件はなるべく高レベルのスケルトンの骨を一体分なので、これで大丈夫だとは思うが……。
いや、レベル5って高いか?でもここらへんで出るスケルトンの魔物の中でも一番の高レベルのはずだ。
そんな心配をした時だった。
マーヤさんが俺の出したスケルトンの骨の一つを手に取り、丸眼鏡越しに骨を睨みつけている。いや、本人は睨みつけているつもりはないと思うが、そう見えるのだ。
「……ふむ……及第点じゃな」
ほっ、及第点ならよかった。
でもこれで及第点?このレベル5スケルトン以外に高レベルのスケルトンって見かけなかったような……。あ、もしかして他のエリアやフィールドなら高レベルのスケルトン湧くのか?しかし、あの依頼書にはグルリト草原という、街のすぐ外の草原を示している。
ここはひとつ質問してみるか。
「あの草原にはこのスケルトン以上のレベルのスケルトンが居るのか?」
「ん……? なんじゃ、知らんのか。
……そうさね、草原には上限レベル5の『
加えて、他の骸骨種である『
「そうなのか」
へぇぇ……。めっちゃ有益な情報を喋ってくれるな。マーヤさん。
これでグルリト草原に出現するスケルトン系は全て網羅出来たと言えよう。
攻略級情報だ。
この情報が本当ならば、スケルトンの上位種が出る深夜の草原は相当危険という事になる。
早く知れてよかったぜ。
「そうさねぇ……お古の錬金術セットの話は『
マーヤさんはそう言って手に取っていた骨を台の上に置くと、俺に鋭い目を向けた。
瞬間。
俺の前にウィンドウが現れた。
==========
≪『
等級:F(特殊クエスト)
詳細:『マーヤのとんがり帽子』に上記の物を届ける。制限時間は五日。
報酬:通常級錬金術セット
依頼主:錬金術師マーヤ
==========
==========
依頼を承諾しますか?YES/NO
==========
F級……G級の1ランク上か。それならできなくも……ない、か?
報酬は……通常級錬金術セットだとっ!?
通常級という事は初級の2ランク上じゃないか!!これはやるしかねぇ!!
「そういうことなら、やるぞ」
「そうかい、じゃあ行っといで」
そう言うとマーヤさんは骨の山に手をかざして何かをぶつぶつ唱え始める。
それを出て行かずじぃーっと見ていると、その視線に気づいたからだろうかマーヤさんはこちらを一睨みして「出て行きな」という。
「わ、分かった」
その圧に気圧されながら俺は足早に『マーヤのとんがり帽子』を去った。
「絶対あの婆さん高レベルだろ。
スケルトンの骨くらい自分で手に入れに行けるって」
絶対あの眼光はただ者じゃない。何人かは殺めてる目だ。
素人の俺でもわかる程の強者のオーラを感じた。
俺はぶつぶつと悪態を呟きながら大通りを進んで街の外に向かう。
今は十一時過ぎ。
流石に『
いや向かう前に、冒険者ギルドで魔物の資料でも見るか。少しでも情報があった方が斃しやすいだろう。
俺は目的地を変更して、地図を見ながら冒険者ギルドに向かった。
着くとまだバカ騒ぎは続いているようで、建物の外からでも賑やかな声が聞こえてきた。若干民謡っぽい音も混じっているか?
そんな事を考えながら扉に手を掛け中に入る。
やはり中では二人の吟遊詩人っぽい目立つ格好のした男女が歌を歌い、楽器を弾いていた。
そんな歌を聞きながら俺は完全に空いている受付に向かう。
お、今回は女性だ。あの受付係の人は流石に帰ったのか。
「いらっしゃいませ、本日はどのようなご用件ですか?」
黒髪の目元にほくろのある女性が若干疲れたような笑みで、接客してくれる。
「ギルドの資料館を使いたいんだが」
「資料館ですね。ギルドカードを拝見させてもらってもよろしいですか?」
「ああ」
俺はカードを渡す。
すると一目見ただけですぐにカードを返してもらえた。
「フィエルさんはG級ですので、資料館はG級とF級のエリアしか入室できませんがよろしいでしょうか?」
そうなのか。
あの依頼はF級だったし、きっとF級の資料館の中にお目当てのものもあるよね?
「大丈夫だ」
「畏まりました。
入館する場合はギルドカードを入り口にかざして頂くと入れるようになります。
一応の説明ですが、ギルドカードを持たない同伴者は入る事は出来かねます。そして、資料館は自分のランクに合ったエリアにのみ入れる規則となっております。ご留意ください。
また、資料館の物の破損、紛失をなされた場合、罰金または降格処分となりますのでご注意ください。持ち出すことも禁止されてます」
「分かった」
俺が頷くと受付嬢が「場所は分かりますか?」と訊ねてくる。
わかると伝えると少し残念というか落胆した顔になって頷いた。
え、俺何かした?困惑する俺を他所に、民謡と酔っ払いたちの声が明るく響いていた。
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