第11話 西の大森林の沈黙


会議室に入ると、Aランクパーティ「玉ねぎの根」の二人とマスタード大尉が話していた。


「すると、敵戦力は100万を超える、と」


とんがり帽子の女が身を乗り出し、胸の谷間を深めながら地図を指差す。


「そう。このセコイヤの樹木帯の向こうに大きな気配があった。目に見えたゴブリンやオークの倍以上ね。それを合わせたら100万を超えるわ」


マスタード大尉は目を覆う。

「なんと、、、打つ手がない。我々に増援は見込めない」


ちっちっち、と細く長い人差し指が振られた。


「そんなことはないわ。アタシの提案する落とし所はこう。この要塞からセコイヤの樹木帯までをダンジョン扱いにする。そうすれば冒険者達は、国家を気にせず魔獣を倒してドロップアイテムを入手できる。

 ダンジョン以外のドロップアイテムは国家に帰属するっていうのが、冒険者泣かせなの。

 こんな短期間にデーモンの斧12個よ?こんな魅力的な”ダンジョン”ないわよ。他の冒険者たちも羽を生やしてここにくるわ」


これは暗に、ダンジョン外クエストである、今回ドロップしたものも国には渡さないという意思だろう。

だが、打つ手のなかった軍からすると魅力的な提案だ。

問題は、国の財産を勝手に冒険者へ渡すことになる、ということか。


マスタード大尉は顎に手を当てる。

「なるほど。デメリットは中央にバレた際に俺の首が飛ぶだけ、か」


「縄で吊るされるから、首は飛ばないわよ」

冒険者のジョークは胃にくるなぁ。


マスタード大尉が俺に気づいた。

「ああ、タック。命があって本当に良かった。おかげさまでオークの数がだいぶ減った。にしてもデーモン12体とは、、、災難だったな」


「いえ、玉ねぎの根さん達に助けていただけたので」

玉ねぎの根の二人と目があったが、ぷいっと逸らされた。

弱すぎて眼中に入らない、か。


「途中から聞こえましたが、この戦地をダンジョンにする、と」


鎧の人が、デーモンの斧を触る。

「そう。正直私たち冒険者はお宝が手に入るのなら、場所が洞窟だろうが山より高い塔だろうが、時間の止まった遺跡だろうが、どこでもいいの。この西方の大森林も、今までもこっそり冒険者が魔物を刈って、ドロップアイテムを拾ってるのよ。おおっぴらにしてないだけ。私たちは国の顔色伺わずにお宝探しができる。国は、魔物をいくらか間引けて、スタンピートまで時間を稼げる。お互いにとって利があると思う」


スタンピート。

たしかにその表現が相応しい敵の数だ。

俺はもう一度地図をみる。ここが抜かれたら、多くの町が魔物に蹂躙される。

王都に至るまで、魔物による殺戮は止まらないだろう。

「とても良い案だと思います。時間があればこの要塞をより強化できるし、兵の怪我もマシになるでしょう。大尉、どうでしょう」


大尉は力強く立ち上がった。

「西の大森林をダンジョンに指定する!すぐさま冒険者ギルドに通達を!」

数名の部下が大急ぎで部屋から出ていった。


彼等と入れ替わるように、一人の兵が息も絶え絶えに部屋に走り込んできた。


「報告します!敵兵進行開始!ワイバーンです。その数およそ200。指示を!」


ワイバーン?しかも、200体?

こんなこと、どの戦線でも聞いたことがない。

北の湖、ワイズ湖の戦いでも17体ワイバーンが現れ、戦局が大いに不利になったのだ。


「200…どうなっているのだ。西の大森林の奥で何が起こっている…」

マスタード大尉の顔色は真っ白だ。


制空権を抑えられたら、ほぼ勝ち目はない。

また、この世界の人類には空で勝てる武器もない。

くそ、前世の世界なら戦闘機もミサイルもあったのに。

この世界の文明の遅れを呪うしかないのか…


玉ねぎの根の黒帽子の美女が舌舐めずりをする。

「大尉、もうここはダンジョン、よね?」


「ああ。そうだ」


「ワイバーンのお肉は美味しくてよ?」

そう言ってスタスタと歩き始める。


「タック、追う?」

スノゥの問いに頷き、部屋を出た。



空一面にワイバーンが飛んでいる。

地獄、というのはこのことを言うのだ。

堀の向こうの死体を貪り食うウルフ等。

仲間の死体を堀に入れ、進行を続けようとするオークたち。

真上には、我々を嘲笑うかのように円を描いて滑空するワイバーンの群れ。

人類が魔獣に負けた後の世界は、このような景色なのだろう。

スノゥは「ぁぁぉぉぁ」と小さな声を出し震えている。

気づけば、俺は泣いていた。


多分、これから死ぬ。


「あら、真上にいるわよ。拾いに行く手間が省けるわね」

黒帽子の女は楽しそうだ。

頭がおかしいのか。

鎧の女の方を見る。

全く恐れる様子もなく、なにやらぶつぶつ呟いている。

…ハンバーグ、ステーキ、コロッケ、いや、鳥だから唐揚げ?うふふふふ

最後の晩餐でも考えているのか?


黒帽子の女が、手を広げた。

「デススリープ」


ドサッ、ドサッ、ダダダダダダダダ


ワイバーンが空から落ちてきた。

1匹残らず、地面に叩きつけられ、骨が潰れ、肉が押し出される音に包まれる。

鳴き声が一切なく、落ち、潰れる。


オークもウルフも、見渡す限り、倒れている。

沈黙。

大森林ごと深い眠りについたような、沈黙。


どこからか、寝息が聞こえはじめた。

寝息は徐々に広がり、嵐のような音になった。


「貴方たちもワイバーンをお食べなさい。とくに貴女。おちびちゃん。普段ろくに食べさせて貰えてないようだし、わたしたちがいる間は、たーんとお食べ」


ものすごく睨まれる。

あ、この人たち、俺がスノゥを虐待してると思ってるぞ。



「あはははは、あら、ごめんなさい。ものすごーく勘違いしてしまって、、、あはは、あはははは」

黒帽子の女が、さっきと打って変わって俺の肩をパシパシ叩きながら笑っている。


「タック坊やはスノゥちゃんにとっての白馬の王子様ってわけね。あははは、いや、ほんと、あはは、何度永遠に寝らせてしまおうかと、あはははは」


笑いすぎである。

そして怖すぎである。


目の前に広がるワイバーンの肉、肉、肉。

焼肉、焼き鳥、からあげ、蒸し鶏、いくら食べてもなくならないほどの量だ。


部屋の奥で、Bランクパーティの豚の尻尾達がせっせと料理を作ってくれている。


傷ついた兵士たちも、久々に気を休めて食べられるとあり、皆楽しそうだ。


鎧の人が、アイテムボックスから酒を出してくる。

「いやー、タックさん、勘違いして申し訳ない。私達、幼い頃虐待されていたから、スノ

ゥちゃんみたいな子を見ると、ね?」


ね?と言われても、ね。


「いや、気にしないでください。スノゥにもっと美味しいものを食べさせられるよう、頑張ります」

「タックは、優しくしてくれてる…」

スノゥは小さな声で二人に抗議する。

「そうね。もーっと優しくされて、私みたいな身体になりなさい、ね?」

黒帽子の人は、バスキア。

鎧の人は、リリキア、と名乗った。


バスキアは見た目に反し、随分とお喋りだった。

「私たち、幼馴染でね。村が本当に酷くて。領主が好き勝手やるのよ。女子供は家から出るのも怖かったわ。連れ去られる子もいたから…。食べ物もなくて。二人して頑張って、冒険者になった。自由よ。スノゥ、何もかもが嫌になったら、冒険者になりなさいよ」


二人はすっかりスノゥが気に入ったようで、三人で話に華を咲かせている。


カツカツカツと軍靴が鳴る。

「やあ、タック。久しぶりに心安らかだ。ありがとう。君らのおかげだ」

マスタード大尉が、皿いっぱいに肉を詰め、やってきた。

「彼女たちのおかげ、ですよ。しかし、A級冒険者って本当に凄いんですね。国家の軍も負けてしまうのでは…」


「凄まじかったな。我々一般の兵では敵わんな。まあ、王家直属近衛部隊なら、わからないが。冒険者がクーデターでもしようものなら、本当に国がひっくり返るかもしれん」


皿の肉を見る。

マスタード。前世では肉によく合う調味料の名前だった。居なくなるのは、寂しい。


「大尉。俺たちは南部の海岸沿いに、コロニーを作ろうと思います。軍を抜けられた暁には、是非来てください」


「そうさせてもらおうかな。電報が届いた。見てくれ」


『西の大森林の進行阻止、大義である。

これは、アーネス少将の戦略によるものが大きく、極めて大きな…


…、またマスタード大尉の独断でダンジョン化したことは明らかな越権行為であり、取り調べの対象とする。なお、冒険者の権利は当該地が平定されるまで黙認…』


「極刑、と書いてないだけ、マシなのかもな」


そういうマスタード大尉の顔は、予想に反し晴れ晴れしている。


「タック。俺は軍から逃げる。機密を知りすぎた。辞めさせてもらえん。そのうち、お前が作ったマロニー?にも顔を出そう。その時は酒でも飲ませてくれ」


ポンと背中を叩かれ、呼ばれた兵が鞄を持ってきた。約束の報酬だ。スノゥちゃんに可愛い服でも買ってやれ。


そう言うと数人の部下と、森の方へ消えていった。


鞄の中には、4000万ゴールドに加えて、なにやら貴重そうなドロップアイテムが盛りだくさん。


俺たちも頃合いだな。

スノゥを見る。

楽しそうに話している。

まあ、出発は明日でも、いいかな。


⬛︎⬛︎⬛︎

おばんです!作者の相楽 快です。

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