第9話 デーモンの斧

デーモンは塵ひとつ残らず消えた。

文字通り、消し炭だ。

だが、デーモンが手から滑り落とした斧は残っている。

触れただけで指を斬りそうな、おどろおどろしい雰囲気を纏っている。


「本部に戻ろう。大尉に報告だ」


本部に戻ると、マスタード大尉はまだ寝ていた。余程疲労が溜まっていたのだろう。


空いたスペースに、錬金術で風呂桶を作り、魔法で水を注ぐ。

そして、卵ほどの溶岩石を大量に出した。

「スノゥ、まだ魔法は使えるか?疲れてないか?」


スノゥの表情は見てわかるくらい疲れているが、ぬぅっと親指を立てた。

「ギリいける」


「あの石を熱々に温めて欲しい。」


「お風呂をわかすのね。やる」


手をかざすと、溶岩石が炎に包まれた。

炎の色は赤からオレンジ、次第に白くなっていく。なんだこの火の魔法は。なんなんだ、こいつは。


二分もしないうちに、石は赤くなった。


それをどんどん風呂桶に入れると、熱すぎたのか水がじゅぅと蒸発する。

まあ、水は足せる。


そこら辺から木の板を拾い桶に入れた。簡易的だが、五右衛門風呂のようなものの出来上がりだ。


「スノゥ、先に入ってくれ」


錬金術で目隠しを作り、スノゥを促す。


「一緒でもいいけど」

「もっと自分を大切にしないとおじさん怒るよ!社長命令だ。ゆっくり入りたまえ」

スノゥは自分の身体を見る。大切に、と小さく呟いた。



タックは一体何者なんだ?

スノゥは風呂桶の縁をペチペチ叩きながら思案する。

この風呂桶も、なぜお湯が抜けないのか。

わからない。

そしてあの天変地異も、悪魔みたいなやつの攻撃にビクともしないドームも意味がわからない。


そもそも、錬金術師って、部屋の隅で葉っぱを混ぜたり、フラスコを振ってニヤニヤ笑っている人なんじゃないの?


今日見たタックと、イメージする錬金術師の差が埋まらない。


外から声が聞こえる。

「スノゥ、湯加減はどうだ?寒かったら、傍にある岩を温めて、お湯にいれてくれ!」

「ん」


やたらとわたしに優しい。

そういえばさっき、抱きしめられた。

臭く、なかったかな。


お湯で身体を擦る。

あ、でもこの風呂、これからタックが入るんだ。そう思うと、ちょっとドキドキする。

ゴミ、浮いてないかな。

あ、毛だ。恥ずかしい。捨てなきゃ。


身体は気持ちいいのに、心は休まらない。

一緒でもいい、って言ったが、一緒に入ったらすぐにのぼせていたに違いない。


自分の細い腕と脚を見る。

一緒に旅をする中で、美味しいご飯をたくさん食べさせてくれるので、少し肉が着いてきた。

これなら、少しはその気になってくれるかな。ほんの少し膨らんだ胸を撫でる。



スノゥは風呂でのぼせたようだ。

フラフラと風呂から出てきて、水を飲むとすぐに横になった。

疲れていたのだろう。

あんな魔法は見たことがない。きっと大量に魔力を消費したに違いない。


それにしても、あの炎鬼、あれは一体なんだ。デーモン相手に一方的だった。

強すぎた。

これは軍に知られない方がいい。知られたら生物兵器として利用されてしまうかもしれない。

マスタード大尉には悪いが、こんな腐敗した国にスノゥを差し出すつもりはないのだ。



一休みできた。気力が戻った俺はスノゥと共に大尉の元へ報告に行く、

マスタード大尉はデーモンの斧をまじまじと見る。

「これは、、、ダンジョン下層で稀に手に入るというデーモンの斧か。なぜこれを君たちが」

歴戦の猛者である大尉も触るのを躊躇っている。

Bランクパーティーでギリギリ倒せるかどうかのデーモンが、極めて稀にドロップするアイテムだ。アイテムショップなどではお目にかかることもない。


「城を作ったときに出てきたんです。で、どうでしょう。これを報酬に出して冒険者の応援を頼むというのは」

我ながら良い案だと思う。


この世界には冒険者が存在する。

冒険者は国という枠組みの外にあり、兵として国が雇うこともある。

だが、ランク上位の誇り高き冒険者達は、国と国のいざこざを嫌い、実力者ほど国の依頼は嫌がる傾向がある。

だが、今回の敵は大森林の魔物であり、それは冒険者にとっては得意分野だ。

金には興味がないが、レアドロップアイテムはなんとしても手に入れたい冒険者は多い。


「でもこれは、君たちが”拾って”手に入れたものだ。我々の依頼の報酬として出すのは筋が違う」

なんとも無欲な軍人さんだ。

こんなにまともだと、権謀術数渦巻く軍部で出世するのは難しいだろう。


「わかりました。そしたら、冒険者への依頼は私から出しましょう」



冒険者パーティーはすぐにやってきた。

西側でそこそこ名前の通っているBランクパーティー『ブタの尻尾』だ。

この辺りの冒険者は、強ければ強いほど弱そうな名前をつける風習があるらしいので、かなり期待できる。


金髪を短く揃えた筋骨隆々の男が前に出る。

「よろしく頼む。リーダーのロスだ。タンクをしている。魔道士のハーム、戦士のベコン、回復術師のヒーレだ。気を悪くしてほしくないのだが、報酬の品を見せて欲しい。依頼主のあんたの名前は聞いたことがなかったし、ものがものなんでね」


「よろしくお願いします。昨日の今日で来ていただけて助かりました。これが報酬のデーモンの斧です」


ロスは、デーモンの斧を様々な角度から見る。指先で触れたり、短剣でつついたり。


「間違いない。デーモンの斧だ。どこでこれを」


「すいません、それは秘密です」

スノゥの魔法を知られたくはない。


「いや聞きたい。もしここで手に入れたなら、敵にデーモンがいる事になる。今回のミッションは魔獣1000体以上の討伐。ゴブリンやラット、オークだと聞いている。デーモンが何体も居たらデッドエンドだ。仲間の命がかかっている」


ロスの言うことももっともだ。

危機管理として、敵戦力を正確に把握するのは当たり前のことをかもしれない。


「この戦場で手に入れました」


「…そうか。仲間と相談する」

ロスは頭に手を当てて部屋を出ていった。


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おばんです!作者の相楽 快です。

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