第8話 西方の大深林、異常しかありません

長い旅路を終え、マスタード大尉に合流した。

「よく来てくれた。だが今すぐ避難してもらって構わない」

マスタード大尉は、以前会ったとかよりもかなり疲弊し、痩せ細っている。

軍服は血が着いたままだし、刀剣の柄は破損している。

だが、かろうじてトレードマークの七三の髪型と円メガネは掛けている。


「我々は大森林を甘く見ていた。驚け。最低敵戦力は魔獣35万。一方こちらの戦力は7000人の兵卒しかいない。いや、きちんと説明しよう。もともとは二万の兵で迎え撃ったが、今は7000人しか生き残っていない。援軍の見込みはない」


周りを見渡すと、至る所に傷を負った兵が座り込んでいる。


「いいか。今夜にも陥落するかもしれないし、持久戦に持ち込めば勝てるとも思わない。君達は軍所属の兵じゃないから、逃げても罪にはならない。ちっ、俺も除隊しておくんだったぜ」


「らしくないですな、マスタード大尉。お言葉に甘えて、最後の最後は逃げさせてもらいます。ですが今は、俺にできることをします」

俺は安心させるよう、ゆっくり話した。


マスタード大尉は案内すると言ったが、一秒でも休んで欲しかったので丁重にお断りをし、スノゥを連れて自軍を見て回った。


自軍は丘の上に陣取り、土塁を積み上げ防護壁にしているようだ。

たくさんの土塁が突破されたらしく、丘の下には壊れた土塁が点在している。


そして、兵の死体を貪る魔獣がそこかしこに彷徨いている。


「死体があることで時間稼ぎになっている、ということか。なんともむごいな、、、」


俺はいくつかの戦場を戦い抜いたが、これほど酷い場所は初めてだった。


「スノゥ、無理に見るな。精神衛生に悪い」


スノゥは、死体には慣れてる、と強がって言うが顔は真っ青だ。


それはそうだろう。

目の前に万の人間の死骸があり、彼らは仲間だったものであり、今は指を咥えて喰われるのを見ているだけなのだから。


自軍の兵の多くが精神を病んでいるようだった。


これは、安心させる砦が必要だ。


ロープを使い、木を上り、丘全体を見る。

「これは、なかなか良い土地だ」

少し歪だが、星型に見えなくもない。


作戦本部に戻り、地図に線を入れていく。

「何を描いてる?」

「この丘の補強計画。俺はかつて、大軍相手に粘り強く籠城することに成功した城を知っている。それを作らせてもらうんだ」


そう、五稜郭だ。

星の先は、どこからも敵を射撃できる攻撃的な作り。

全ての辺に堀が張り巡らされ、溜めた水が敵の侵攻の足を遅らせる。

魔獣の中には水を嫌うものもいるので、いくらか効果があるだろう。

あとは、魔獣の跳躍力を加味して、堀の幅をグンと広げれば簡易五稜郭の出来上がりだ。


「マスタード大尉、このような城をつくります。よろしいですか?」


「こんな大工事、一人でできるのか?」


親指をピンとたて、サムズアップする。

「天才ですから」


「ふっふっふ。今はそのお気楽さもありがたい。やってくれ。この戦いが終わって生き残ったら、そうだな、4000万ギルを用意する」

マスタード大尉は律儀に契約書を描き始めた。

「大尉、他の上官への説明はよろしいのですか?」


マスタード大尉の肩が落ちる。

「気骨のある奴は死に、賢いものは逃げた。今、この部隊の最高責任者は俺だ。聞いたことあるか?7000人の部下を持つ大尉なんて。普段の十倍近くの人数だ」


よく今まで耐え忍んだ、と思う。

通常大尉は、大隊長相当であり600人の部隊長になることが多い。

同級以上の者の多くは逃げたのだろう。

とんでもない重圧を背負っているに違いない。


「城ができれば、しばらくは敵の足も止まります。今のうちに戦略的回復に努めましょう」


ああ、と大尉はつぶやき、気絶するように寝た。



さて、仕事だ。

丘の岩質は極めて硬い。

力学で形を変えるのは骨だが、そこは錬金術の得意分野。

前もって傍に飲み水を用意した。

「スノゥ、身を低くして、頭を守っているんだよ」

「わかった」

彼女は今から何が起こるかわからないのだろう。中腰になり、こちらを見ている。

まあ、始まればわかるだろう。

地面に手をつき、意識を集中する。

「カタストロフ!!!」


ゴゴゴゴゴゴゴ


轟音が響き、大地が揺れる。


ゴゴゴゴゴゴ、バキッ、バキッ


俺が編み出した錬金術の集大成。

天変地異を意図的に起こす大技だ。


意識を集中する。

地質の分かれ目を感じ取る。

星型は強固な岩盤を。

その隙間は軟弱地盤を。


軟弱地盤に風化を。


意図して崩す。


ガザーーー、ッドーン、ドーン


堀をつくる。

大森林側に、急勾配の坂を作る。

段差、脚をころばせる隙間、棘。

いやらしい坂を作る。

こちらにくるのに少しでもエネルギーを使わせるのだ。


「ハァハァハァハァ、オエッ、オエェェ、ゴフッ、オエェェ」


力の全てを抜き取られる感覚。強烈な吐き気と頭痛がくる。


目の前が真っ白だ。

水を手探りで探す。

スノゥが駆けつけ、水を飲ませてくれた。

「おい!タック!おい!っくそ。頭、守るから」

そう言って俺の頭を胸に抱え、撫でられる。

いや、そういう意味で言ったわけじゃないんだけど、、、

でも、素直に心配してくれたことが嬉しい


「はぁはぁ、ありがとう。気分が少し落ち着いた。はぁはぁ。もう少し休めば、はぁ、大丈夫だ」


「永遠の休みを差し上げますよ」


音もなく、背後に立たれた。

声をかけられるまで、全く気が付かなかった。

背中から黒い羽が見える。

おいおいおい、デーモンじゃないか。

死んだわ。

死にました。

熟練兵100人が相打ち覚悟で討ち取れるかどうかの超上位魔獣。

いや、デーモンは言語を話すので魔獣ではなく魔族か。


「ぐっ」


すぐさま俺とスノゥの周りに合金を主成分としたドーム状の防壁を展開した。


「あなた、いじれるのは土くれに限らないのですか。ますます生かしておけません。デスです」


ドガガガガとドームを殴られる音がする。


どうしよう。

せめてスノゥだけでも逃したい。

地面に穴を作って、避難路にするか?

ドームが割られる前に逃げ切れるだろうか。


ドームをもっと厚くするか?


「タック、少しでもあいつの姿、見たい」

スノゥはガタガタ身体を震わせながら、俺に引っ付いてくる。

怖いのだろう。

そりゃそうだ。

こんな濃密な死の気配、俺だって初めてだ。

合金ドームを展開出来たのも奇跡に近い。

「見てどうする」

「燃やす」

あまりに男らしいお言葉。

大佐顔負けである。

デーモンは燃えるだろうか。

わからない。

「スノゥ、君だけでも逃す」

「わたしだけ逃げても、物乞いに戻るだけだ。一緒にいる」

え?プロポーズ?

不覚にも、心が熱くなる。

気づいたら涙が出ていた。

一人じゃないって、こんなに勇気が湧くものなのか。

「泣いてるの?」

「雨だよ」

「嘘つき。これ生き残ったら、今夜責任とってこいつ勃たせてよ」

彼女がペチンと俺の下半身を叩く。

え、そういうことなの?

「イージー」

焦って、よくわからない返事をしてしまった。


まあいい。集中。

デーモンに集中。やべえ、絶対に生きて帰りたい。

やってやる。やってやる!やってやる!!!

ドームの一部を石英にし、様子が見れるようにした。

二人並んで、デーモンを見る。

怖すぎる!!!

腕がグーンと伸びて、凄い勢いでドームを殴っている。

音も凄いけど、見るとやはりすごい。怖い。

腕の動きが早すぎて目で追えない。

蹴りに加え、尻尾も叩きつけられている。


よし、ならば。

ドームの組成を変える。

デーモンが叩いているところに、砂つぶほどの大きさのダイヤモンドを散りばめた。


くらえ、超硬度ザラザラでお前の皮膚を抉ってやる!


「グァァァァ」

デーモンの両手から血が吹き出した。


「小癪な!!!」

デーモンは時空魔術を使い斧を取り出し、それをドームに叩きつけてくる。


まずいな。あれはドームの破壊にもってこいだ。

デーモンの足元をぬかるみにし、転ばせる。

時間稼ぎにしかならないが、、、


横を見ると、スノゥの周りに火で出来たトカゲが円を描いて回っている。


「来て!炎鬼!」


ゴーーーーー!!!

デーモンの後ろに、炎に包まれた鬼のようなものが立ち上がった。


「ほう、これはこれは。お目にかかるのは久方ぶりですな。」


デーモンがこちらに背を向ける。


「スノゥ、あれは?」


「炎鬼。わたしの作る炎、美味しいって言ってくれる。寂しい時とか、怖い時、助けてくれる」


魔術は詳しくないが、こんな事象見たことも聞いたこともない。


炎鬼の周りに、彩とりどりの炎が立ち上がる。スノゥが出した炎だ。

炎鬼は緑色の炎を食べると、身体が緑色の炎で包まれた?


「なんですか、それは。わたしも見たことないですよ、色が変わる炎鬼など」


炎鬼が動く。

ゆらり、と揺れると炎の拳をデーモンに叩き込んだ。


「ぐうっ、あつ、、、」

デーモンが座り込む。


炎鬼は止まることなく、拳と蹴りを連続で叩き込む。

デーモンは腕でガードするが、腕がどんどん崩壊していく。

炭だ。炭になったんだ。


「舐めるなよ!」

デーモンの斧が炎鬼を割く。

が、炎はゆらゆらと元に戻った。


「なんなんだ、お前は」

デーモンの手から斧がこぼれ落ちる。


炎鬼がデーモンに抱きつき、一気に炭にした。


「生き残った、のか」

スノゥが目を丸くしてこちらを見てくる。

「うん、、、うえーん、うわー、こわがっだぁー、あーん、あー」

スノゥは大声を上げて泣きじゃくる。

炎鬼が、残りの色とりどりの炎をむしゃむしゃと食べ、ペコリと一礼して消えていった。


「生き残った。君のおかげだ」

スノゥを抱きしめる。彼女の暖かさに、生を実感した。


⬛︎⬛︎⬛︎

おばんです!作者の相楽 快です。

まずは、読んでもらえて嬉しいです。

ありがとうございます。

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