第3話 温泉旅館
温泉宿はいい。
実にいい。飯は出てくるし、温泉は入り放題。
来て一週間は、毎日13時間寝た。
最近はようやく眠気がなくなってきたので、温泉に入ったり、食べ歩きを楽しんでいる。
温泉宿は基本的に暇だ。
暇を持て余して、徒然なるままに日記を書く。
◯
おはよう。土の錬金術師こと、タックだ。
怒涛の展開に困惑したであろうから、ここでおさらいだ。
俺はタック。
前世は土木工事の現場監督をしていた。享年37歳。早死にしたのは如何だが、両親も既に亡く、独身だったのが唯一の救いだろう。
後輩は無事だろうか。きっと無事だろう。
そう信じるほうが、死にがいがある。
異世界転生して、この世界にやってきた。
俺は孤児として産まれ、国の保護施設で育った。
この世界にも学校があり、生まれた瞬間から言葉を理解できたことと、前世で培った根性と社会人経験を用いて、この世ではかなりいい大学に入り、錬金術を学んだ。
才能のおかげもあるが、正直かなりの腕前だ。
ポーションやエーテルの合成はお手のもの。
爆薬や、煙幕、催涙剤も作れる。
なにより、土木知識を活用した土質変性は、この世界ではナンバーワンだと自負している。
岩質をいじって組織を強くしたり、形を変えたりすることで、橋や土塁、防護壁なんかも瞬時に作れるスーパーな錬金術師だ。
だが、時は戦乱の時代。
この国、ドロスドロ帝国は北と西は魔獣、東は敵国アマス共和国、南はマルー洋に面しており、四方のうち三方は敵がいる。
アマス共和国は人間が治める土地なので、小競り合いはあるが殆どは政治的外交でなんとか大戦争には至っていない。
だが、北と西はそうはいかない。
魔獣はどこからともなく沸き、繁殖し、食い扶持に困ると我がアマス王国の人や家畜を狙って襲ってくる。
日本で享受していた平和はどこにもない。
戦争、戦争、戦争。
そういう世界だ。
でも、もう疲れた。
疲れた俺は、FIREしたい。
経済的に自立して、早期リタイアしたい。
ということで、個人事業主「土の錬金術師」として金を稼いで、自堕落に生きるのだ!
◯
さて、今は温泉街を楽しみますか。
外に出て、出店の品を眺めながら歩いていると、一人の少女が細い道に立っている。
マッチ棒のように細い。
青っぽい銀色の髪は、ススか埃かでかなり汚れている。
服はヨレヨレのぼろぼろだ。
足元に木の板があり、横に蝋燭に火が灯っている。
「火をつけます。水かお金と交換です」と書いてある。
まあ、今タバコを吸いたい人には需要があるだろうが、あれで食べていけるのだろうか。
新宿駅にいる、漫画を売るホームレスが想起された。
これはほっとけない。
「火をください」
返事はない。
手元に木の棒を差し出すと、ポンと火がついた。
この子、魔法が使えるのか。
蝋燭の火をわかるのだと思ったが。
「お代は水でいいかな?」
コクリ、と頷き、ヒビだらけの花瓶を差し出してきた。
これでは注いでも漏れてしまう。
地面に手をおく。
粘土層があるな、よし。
錬金術で水瓶を五つ作り出し、そこに魔法でたっぷり水をそそいだ。
「これで足りるかな?」
そう言い終わる前に、少女は水瓶を手に取りグビグビと飲み始めた。
ぷはぁ、と息を吐く。
いい飲みっぷりである。よほど喉が渇いていたのだろう。
空いた水瓶に、再度水を注ぐと、小さく頷いた。
喋れないのだろうか。
わかるよ、俺も前世は吃音で、人と話すのは大変だった。
「火、ありがとうございます。またよろしくお願いします」
丁寧にお礼を伝え、離れようとすると、袖を掴まれた。
無言で水瓶を指さしている。
「ああ、差し上げます。デザイン性は皆無ですが、丈夫に作りましたよ」
彼女の目線が少し上がる。目は合わない、が、表情は少しだけ見えた。
えらい美人だな。
これは俯いてないと大変だ。悪い男に付き纏われること間違いなし。
コクリ、と頷かれたので、その場を離れる。
少し歩き、こっそり後ろを振り返ると、少女はグビグビと水を飲んでいた。
「しかしガリガリだな」
少し街を歩いて、温泉卵やら饅頭やらをカゴに入れ、先程の少女の元へ戻る。
「火属性の魔法が使えるんだね。どのくらいの腕前なのかな?」
少女は無気力にこちらを見て、俺の持つカゴを見た。
「ああ、これは差し入れだ。美味しいから、お裾分け」
そういうと奪うように取り、ガツガツ食べ始めた。
右手に饅頭、左手に水瓶。
ガブガブ、もぐもぐと一心不乱に食べている。
何日も食べていなかったのだろう。
すぐにカゴのなかのものは無くなった。
よく食べること。
「ん」
彼女は小さく声を発し、頭を下げた。
きっとお礼だろう。そう思うことにした。
魔法は見せてもらえなかったが、少女の空腹は満たされたのだ。まあ、いいだろう。
立ち上がり、温泉宿へ戻ろうとすると、目の前に炎の扉が現れた。
「おお、これは」
思わず唾を飲み込む。
炎という形を維持するのが難しいものを、扉の取手や模様まで形作られている。
素晴らしい魔力操作だ。
取ってに手を触れようとすると、扉は勝手に開いた。
「すごく精密な魔法だ。君は魔法学校へは行かないのか?」
振り向くと、彼女の座る周りに、炎で形作られたトカゲが跳ねて踊っている。
同時に、いくつも、か。
彼女の返事はない。まあ、そうだろう。
学校に行く余裕があれば、喉の乾きに悩むことなどあり得ない。
「いいもの見せてもらった。ありがとう」
そういってポケットから一万ギルを渡す。
彼女が受け取らないので、水瓶の下に置き宿に戻った。
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おばんです!作者の相楽 快です。
まずは、読んでもらえて嬉しいです。
ありがとうございます。
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