第2話 土木の錬金術師
「え、また戦地へ投入されるのですか。もう二年以上休暇を頂けてないうえに、給与支払いも滞っております。正直これでは続けられませんよ」
豪華な部屋の、豪華な机の前にいる老人は長く蓄えたヒゲを指で遊びながら、ギロリとこちらを睨む。
「錬金術師風情が我が国家の役に立てるというのに、何が不服なのだ。戦地に赴き、橋を架ける。土塁を築く。名誉ある任務であるぞ」
錬金術師風情、か。
俺は転生し、頂いた才を磨くべく現世のとき以上に学問と研究に努めた。
努力が実り、一流の学校を出た。
これから現世で出来なかったことを、一つ一つ叶えよう。
そう思っていた。
ところが、俺は捨て子で産まれ、国の施設で育った。
そのため、軍役が課せられたのだ。
「グルニド少将。任務の必要性は承知しております。ですが、給与も出ず、常に死と隣り合わせの戦場にいては私が壊れてしまいます。」
ガンっと、机が蹴られた。
「貴様!国に育ててもらった恩義を忘れ、自分の心配をしているのか!片腹痛いわ!戦場の兵士がそんな弱音を吐いたことがあるか!これだから貴様ら錬金術師は駄目なのだ!」
ガンっ、ガンっ、ガンっと机が蹴られる。
パワハラだ。
前の世界の発注者が目に浮かぶ。
だがこの世界にはそんな言葉はない。
自由とか平等とか、そういうものはない。
特にこのグルニド少将は、魔法使いや戦士こそが国の要と考え、ちまちまモノをつくる錬金術師のことを下に見ている節がある。
ポーションだって錬金術の賜物なのに、本当にひどい。
彼ら貴族が理解できる言葉は「はい」と「かしこまりました」の二つだけだ。
貴族の安全と平和、そして快適な生活を貴族以外の我々が支えている。
令和の若者が腕をプルプルさせながら老人を食わせているのと構図は似ている。
俺はどうしても、前の世界の常識が抜けきらず、奴隷根性が育まない。
お貴族様の道具として死んでいくなんて、死んでもごめんなのだ。
そういえば、以前有給休暇が欲しいと言ったら袋叩きにされたな。
熱があるから休みたいと言っても、前線に引き摺り出された。
作った橋を、敵に通られては困るから、すぐ壊せと言われた時は、自分の耳が脳がイかれたのかと思った。
「疲れたな」
心の声が漏れた。
「は?」
グルニド少将は目を見開き立ち上がった。
線は細いのに、背が高い。腰の剣の柄に手をかけている。
先の大戦で、自慢の剣で敵兵を血祭りに上げたため、人呼んで「赤絨毯のグルニド」だ。
絨毯がネックだ。彼は戦場にいても前線には出張らない。
貴族だからだ。
拘束された捕虜の受け答えが気に入らなくて、斬った。それだけだ。
だが、人を殺すことが手段の選択肢にある男である。ここで回答ミスると死ぬな。
おもむろに床に寝そべり、仰向けになる。
両手両足をピント伸ばす。
深呼吸。
大丈夫、全力を尽くそう。
見せてやる、俺の本気。
勢いよく両手両足をバタバタした。
「ンママーーー!!!ヤダヤダヤダヤダ、もうやだーーー!!!ママ!ママ!もうヤダーーー!ママーン!」
どうだ、見たか。
25歳の本気のジタバタは、さぞ見苦しかろう。
グルニド少将はゴキブリでも見るかのような目で俺を見ている。
「気でも触れたか。穢らわしい。剣の鯖にするのも気色悪いわ。連れていけ。除名して、その辺の道端に放っておけ!」
狙い通り!
触れるのも嫌だろう!そうだろう!
お貴族様の考えることはシンプルだなぁ!
ダンッ、と軍靴で頭を踏まれ、鼻から勢いよく鼻血が出た。
クソっ、この赤絨毯ジジイが。
心の中で悪態をつきながら、両手両足を持ち上げられ、大人しく部屋の外へ運ばれる。
廊下を少し進むと、
「歩けるよな。タック」
と声をかけられた。
読者諸賢にはまだ自己紹介出来ていなかった。この世界で俺の名前は、タック・コートになった。舗装屋さんが聞いたら口角が上がるだろう。
「ああ、マスタード大尉でしたか。すいません、運んでもらって」
マスタード大尉は、ハァと頭に手をやる。
「まいったぜ。ママーンって叫ぶお前の顔が気持ち悪すぎて、笑いを堪えるのが大変だったぞ」
クックックと、笑われる。
「命懸けの、ママーンでしたからね。それより、マスタード大尉にはお世話になりました。貴方が居なければ、私の命はありませんでした。」
マスタード大尉は、二つ前の戦争で世話になった。
その戦争は、相手が人間ではなく魔獣だった。生まれて初めての魔獣との戦いだったので、塹壕や仮城の作りが不十分だった俺にアドバイスをくれたのだ。
実際に、低すぎた柵を飛び越えたブラッドウルフに喰われそうになったところを助けてくれたのが、このマスタード大尉なのだ。
円メガネに七三分けの見た目から、てっきり文官だと思っていたら、バリバリの武闘派で驚いた。
ダガーを両手に待ち、相手の懐に入り内臓を引きずり出す荒々しい戦い方に、正直俺は、ほんの少し、微かに、パンツを濡らしてしまったのだ。
「いや、それは私の台詞だ。お前の錬金術の腕と、おかしな土木技術がなければ、俺たちは獣の餌だった。戦い抜けたのは、お前が作った城のおかげさ」
城。あれは確かに城だった。
昔テレビで観た真田丸の城つくりを思い出し、作ったのだ。
500は居たであろうホブゴブリンの部隊を、僅か70名の兵で食い止めた。
塀の上から熱した油をかけたり、敵から奪った鎧に砂利を詰めて落としたり。
とにかく位置エネルギーに働いてもらう城だ。
大きな堀を錬金術で拵え、防御壁から兵士を紐で吊るして、有利な上空からメッタギリにするという作戦もハマった。
厳しい籠城戦だったが、兵士たちとは苦楽を共にし、今でも会えば声を掛け合う。
「大変な戦いでしたが、あれもいい思い出です」
と、しみじみ言う。
「ところでタック。この後、どうするんだ」
「さあ、しばらく温泉宿にでも泊まって、溜まりに溜まった疲れをとりたいですね。やりたいことは、それから考えます」
ふむ、とマスタード大尉はポケットから紙幣を握りしめて出してきた。
「餞別だ。温泉卵でも食べてくれ」
卵って、こんな大金があれば1000個食べてもお釣りが来る。
「こんなに、いや、貰うわけには」
「これは手付金だ。ここだけの話、西方の大森林との境で、魔獣被害が増えている。おそらく、また大規模な戦闘が始まるだろう。その時、民間錬金術師として私の隊に力を貸して欲しい。もちろん報酬は出す。軍部待ちでな」
西方の大森林となると、魔獣の数は千ではきかない。前回以上の修羅場となるだろう。
「わかりました。準備しておきます」
「よし。晴れて個人事業主だな。屋号はどうする?」
会社の名前のようなものか。
なにがいいだろう。タックコンサルタンツ、タックシビル、んー、錬金術師感が出ない。
「私たちが陰でお前をこう呼んでいた。『土木の錬金術師』これにしろ』
『土木の錬金術師』かっこいいけど、背の低い兄と鎧の弟のコンビに殴られそうである。
が、まあいい。
この世は異世界なのだから。
きっと牛のお姉さんも大目に見てくれるだろう。
「いいですね。今日から俺は『土の錬金術師』です」
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おばんです!作者の相楽 快です。
まずは、読んでもらえて嬉しいです。
ありがとうございます。
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