Pink rose
二人はお色直しのために一度中座して、しばらくすると戻ってきた。日鞠は薄いピンク色のドレスを着ている。言うまでもなく、これ以上ないくらい似合っていた。
歓談の時間になると、日鞠はきょろきょろ辺りを見回していた。目が合うと真っ先にあたしのところに来てくれた。結局、こういうところで喜んでしまう。
「おー、ちゃんと来てるな」
「そりゃ、その……来たかったから」
日鞠は調子を狂わされたように眉をハの字にした。あれ、あたし、今までどうやって話してたんだっけ。うまく会話ができなくなっていて焦る。
「そ、それはどうも……それより、ほらほら、なんか気の利いた一言!」
日鞠は服や髪を見せびらかすようにポーズを取った。その所作に昔の面影を感じて少し緊張が和らぐ。
「すごく綺麗で……その、めちゃくちゃ似合ってると思う」
「い、いや、そのままか!」
日鞠はぎこちなくツッコんで視線を彷徨わせる。ありがとう、と小さく呟いたのが聞こえた気がした。
「あーもう、調子狂うって! なんか変だよ紫苑。どうした? わたしが輝きすぎなのかな?」
……あながち間違いではない、というより事実なので何も言い返せなかった。
硬い沈黙がふたりの間に降りて、日鞠は「えー」と困ったように笑った。
やっぱりおかしい。こんな……あたし、どうしてしまったんだろう。
「もしかして紫苑、さんですか」
「うわっ!?」
いつのまにか背後に楓奈が立っていた。うすいグレーのスーツを着ている。隣に並んでみると、そこまで背が高いとは思わなかった。……というか、あたしの名前知ってたんだ。
「そうそう、親友の紫苑さんな」
親友。
大人になってしまえば、隣を歩くのに一歩届かない間柄。二番目にはなり得るけど、けっして一番にはなれない関係。あんなに切望していた立場なのに、どこかそんな響きを帯びているような気がして。
「いつも日鞠さんから聞いてます。色々」
「それは、どうも……」
日鞠があたしのことを話してくれている。親友だと思ってくれている。嬉しいのに。嬉しいはずなのに。
「あたしも日鞠から、楓奈さんの話、というか惚気……」
「うわー! 言うなって!」
日鞠は顔を真っ赤にして遮る。楓奈は相変わらずの無表情のまま、日鞠のほうを見て口元だけをわずかに緩めていた。
その微笑ましい光景を見て――日鞠と楓奈がただふたりでいるだけで幸せなことを――あたしはその外側にいるんだってことを、強烈に思い知らされてしまった。
それからしばらく、とりとめのない話をしていたけど――笑って軽口を叩く自分がどこか遠いものに思えた。
「んじゃ、わたしそろそろ行くわ。スピーチ期待してるから!」
ドレスの裾が翻り背中が遠ざかる。
日鞠がふざけたように楓奈の腕を取った。並んで歩くふたりを見て――お似合いだな、なんて月並みな表現が頭をよぎる。
「うん。じゃあね」
思わず伸ばしかけた手を、気づかれないようそっと引っ込めた。
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