Blue rose
濡れた傘を畳んで式場に入る。低気圧のせいで頭痛がひどく、なんとなく憂鬱な気分だった。
会場はとてもきらびやかで、自分がこの空間にいるのを不釣り合いに感じた。無難なネイビーのワンピースを指でつまむ。結婚式に呼ばれるなんて初めてで、とりあえず当たり障りないものを選んでレンタルした。
周りは見知らぬ人ばかりだった。そもそも日鞠と共通の友人がいるわけでもない。高校のクラスメイトは、日鞠の友達だけどあたしにとってはただの知り合い。もしこの場にいたとしても、もう何年も会っていないんだしお互い顔も覚えていないだろう。そんな風に居心地悪く思っていると、誰とも話すことなく式が始まった。
鐘が鳴って、二人が大仰な扉から入場してくる。ドレスとスーツの人影がひとつずつ。
ウェディングドレスの日鞠。
どくん、と心臓が跳ねた。
今まで意識してこなかったぶん、心の準備が追いつかない。日鞠がこちらに近づくたびに、呼吸が浅くなり、鼓動が加速してゆく。前を向けない。直視できない。それでも目に焼き付けたくて、視線を上げた先に。
――ただ、光があった。
綺麗でかつ、どこかあどけなさが残る横顔も。伏した目の儚さも。柔らかな髪の毛も、真っ白な首筋も、細い腕も、赤くつやめく唇も。
夢みたいに、あたしの心をつかんで離さない。
頬が熱くなる。涙が零れそうなほど目を見張る。
美しい。綺麗。魅了される。麗しい。目を奪われる。凛として。上品で、清らかで、艶やかで、優美で。
ただの語彙でしかなかったあらゆる言葉が等身大に意味を持って――それでも日鞠の前では、すべてが陳腐な賛辞に成り下がる。
いつだって隣を歩いてきたのに。
今ではこうして、見つめることしかできない。
あたしは日鞠の――親友でしかないから。
手を伸ばさないことがどれほど残酷かを思い知った。現状を仕方なく受け入れる愚かさに気づいた。
すべて、間違いだったのだ。
日鞠があたしの横を通り過ぎる瞬間。
――透明な瞳が、こちらを見つめた。
そのとき、心の奥で爆弾が弾けて――見えている世界がまるごと変わってしまった。
――ああ、あたしは馬鹿だ。
もう、何もかも手遅れなのに。
だって、こんなものを見てしまったら。
結婚おめでとうなんて言えない。幸せになってねなんて言えない。隣を歩くのはあたしがいい。今すぐにその手を取りたい。
なんで、こんな。結婚式で。
誰かのものとなった親友に、見とれてしまうなんて。
熱に浮かされたように、白昼夢を見ているように――その背中を、ずっと見つめ続けていた。
どこか上の空のまま式が進行してゆく。
キリッとした顔で座っていた日鞠も、ケーキ入刀では少し照れくさそうにしていた。日鞠はこういう仰々しい感じ苦手そうだな、なんて勝手に考える。
二人の紹介もあった。楓奈は日鞠のひとつ下の二十七歳。二人は職場で出会ったそうだ。
不思議な感じがした。あたしの知らない日鞠がいて、知らない出会いがあって。
そこで初めて、楓奈を真正面から見た。
背は少し高くて髪は短い。華奢な体に真っ白なスーツを身にまとっている。表情は冷たくて、長い前髪から覗く切れ長の目が涼やかだった。
あたしよりも、日鞠と出会ってからの期間は短い、なんて意地悪く考える。
それでも、彼女は手を伸ばした側の人間だから。
何も言えない。負け惜しみさえ言う資格もない。
一瞬、目が合ってしまいとっさに逸らした。
眩しかった。
照明も、服の白さも。
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