14.最寄り駅前
―碧生―
地元の駅を出た時には随分と大降りだった雨も、東京駅に着く頃には小雨程度になっていた。
ちょうど仕事帰りの人が増える時間帯だったせいで、新幹線の改札口を出ると異様に人の量が多かった。スーツケースを手にした人にぶつかりそうになりながら、乗り換え先のホームへ急ぐ。ちょうど電車が来ていたので乗り込んだ。同じ方面へ向かう人は多くないようで、ちらほらと空席が目立ったまま電車は走り出した。
車窓越しに、煌びやかなビルの明かりを眺める。乱立するビルの合間に時々現れる夜空に星明りはほとんど見えない。でも今日は、それが良かった。
何も邪魔するものが無いような開けた夜空を見上げてしまったら、込み上げてくる何かを、抑える自信が無かった。
乗り換える人が多い駅を過ぎると、ますます車内に人がいなくなった。俺が降りる駅は、終点の一つ手間前だった。そこへ着く頃には、一人になってしまいそうだ。
同じ車両内を見渡すと、スマホに夢中になっている男子高校生と、舟を漕いでいる中年男性しかいなかった。もう必要なさそうなので変装用のマスクを外し、ポケットにねじ込む。車内アナウンスで最寄り駅の名前が読み上げられたけれど、降りる為に席を立ったのは自分だけだった。
電車が走り去った後、ホームのコンクリートを見ると雨の跡が残っていた。もうほとんど乾いている。
改札を抜け、駅の出口へ向かう。
外へ出ると、ガードレールの傍に背の高い人が立っていた。黒っぽいスーツ姿のその人が、俺に気づいて顔を上げる。
左手に持ったビニール傘の先には、水溜りが出来ていた。
「……お帰りなさい」
ほんの少し外国訛りを含んだ声のトーンは、もうすっかり聞き慣れた。
「え……何でいるの?」
訳が分からず問いかけてから、ああ、と思い当たる。
「誰かと待ち合わせ?」
「……はい?」
怪訝な表情をする先生に向かって畳みかける。
「わかった、当てようか。カノジョでしょ」
「……」
「あーはいはい、なるほどね。この辺、ご飯食べるとこ結構あるから」
「牧野さん」
強めに名前を呼ばれた。
「……何」
「お腹空いてない?」
「へ?」
「ご飯食べたの。それとも食べてないの。どっち」
「いや」
なんか親みたいだな、と思いながら首を横に振る。
「まだだけど」
「そう、分かった」
「え、分かったって何が」
「行くよ」
「は?どこに?」
俺の問いには答えず歩き出す先生の背中を、仕方なく追いかけた。
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