ACT04.スープが冷めないうちに
12.授業三十分前
―亮―
早く着き過ぎたかな、と思いつつ時計を見る。『star.b』の授業時間まで、まだ三十分近くもあった。
授業用に借りている会議室へ行くか迷ったけれど、結局やめた。ひょっとしたら何か他の用事で使われているかも知れない。出入り口近くにあるロビーで、時間まで待つ事にした。
L字型のソファの端に腰を下ろすと、エレベーターが開いて人が降りてきた。見知った顔がこちらに気づき、近づいてくる。
「亮じゃん、お疲れー」
「ああ、朝陽……今日もレッスン?」
シンプルなロゴTシャツ姿の朝陽を見上げる。
「そうだよ。一旦、ちょっと休憩」
ふう、と息をつきながら僕の隣に腰を下ろす。
「もしかしてこの後、『star.b』のレッスンもある?」
「いや、今日は違うよ。俺、他にも教えてるの。将来、『star.b』の弟分になるかも知れない子達」
「そうなんだ。大変だね」
「うん、でも楽しい」
朝日の口元に笑みが浮かぶ。
「夢に向かって努力する姿って、素敵だよね。その背中を押してあげられるのは、すごくやりがいを感じる」
「みんな、ダンスが得意な子達?」
「そうだね。こういう業界目指すのは、小さい頃から習ってた子がほとんどだけど。たまにいるよ、未経験から飛び込んでくる子」
「牧野さんって」
不意に、名前が口をついて出た。
「ダンスのレベル、どう?」
「碧生?」
朝陽が首を傾げる。
「すごいと思うよ。事務所入るまで全くの未経験だったらしいけど、振り覚えも悪くないし。他にも未経験のメンバーいるけど、碧生は上手いよ」
「そうなんだ」
「何、碧生の事が気になるの?」
「いや……」
もしかして、と朝陽が目を輝かせる。
「この間、家まで連れて帰ったんでしょ。あれで仲良くなった?」
「なってない」
「えー」
「ただ……」
寮まで送り届ける車内で、交わした会話を反芻する。
「どうしてあんなに、自信なさそうなんだろうなって。歌も上手いし、ダンスも出来るのに」
「喋れば面白いしね」
「そうなの?」
「うん。ライブとかでMCやってるけど、回し上手いよ。勉強嫌いなんて言う割に、頭の回転は早いんだろうね」
「へえ……」
「碧生、何か言ってたの?」
聞かれ、あの時に牧野さんが言っていた事をかい摘んで話した。
他のメンバーに対してはともかく、内海さんと自分とを比べて、随分と自己評価を下げているように感じた事も。
「なるほどねえ」
何か思う事があるのか、朝陽は腕を組んで天井を見上げた。
「内海さんと、あまり仲が良くないのかな」
「いやいや、そんな事ないよ。むしろグループ内で一番の仲良しコンビなんじゃないの」
「そうなの?」
「だからこそ、なのかも。同い年だし、お互いボーカルだし。どうしても意識しちゃうんだろうね。比べる必要なんてないって、俺も思うけど」
ただ、と朝陽は腕を組んで座り直した。
「奏多はここに来るまで苦労してるからね。大手事務所でデビューにつまずいて、小さい事務所転々としたり、路上で歌ったり。色んな経験してきてるからさ。田舎から出てきていきなりデビューした碧生からしてみると、背中が遠く感じるのかも知れないね。……あ、そうだ」
朝陽は急に、何か思いついたように立ち上がった。
「ちょっと待ってて」
しばらくして戻ってきた朝陽は、大判の音楽雑誌を手にしていた。
「何これ」
「貸してあげる。インタビュー載ってるから読んでみなよ。俺、もう休憩終わるから行くねー」
「え、これ」
「また今度返してー。じゃあね」
朝陽は手を振ると、エレベーターの方へと歩いて行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます