2.LAライブ

―亮―

サラダの取り分け用に新しく買ったトングは、真ん丸なプチトマトも掴みやすくて便利だった。

「はい、朝陽」

「ありがとー」

テレビのチャンネルを合わせるのに夢中になっていた朝陽が振り返る。

「どう、出来たの」

「出来たよ!やっと繋がった。ちょうど始まったとこかな?間に合ってよかった」

テレビ画面を見ると、司会らしき若い男性二人がマイクを握って流暢な英語を話している。背後には無数に光るペンライトを握る観客の姿が映っていた。

「多国籍だねえ」

「ロサンゼルスだっけ。すごい人の数だね」

湯気の立ち上るグラタンに木べらを差し込む。

「ところで、食べないの」

「あ、ごめん。いただきます!」

きちんと手を合わせてから自分がリクエストしたポテトグラタンを口にし、朝陽は口元を綻ばせた。

「久しぶりに食べたあ。相変わらず美味しいね」

「それはよかった」

自分が食べる分も小皿によそっていると、テレビ画面から強いビート音が流れてきた。

見れば、派手なスパンコールで飾られた衣装を身に纏った若い少女たちが踊っている。

「このグループ、最近日本でも人気だよね」

朝陽が話を振ってくるけれど、正直よく知らなかった。

「韓国語だね。k-popアイドル、かな」

歌詞の字幕から辛うじて拾えた情報を口にすると、朝陽が苦笑した。

「亮、音楽あんまり聞かないんだっけ?」

聞かれ、首を傾げる。

「クラシックなら、時々聴くけれど」

「まじい?」

「最近の流行りは、よく分からない」

よく似た容姿、どこかで聞いたようなリズム。同じフレーズが繰り返される歌詞。

何が良いのか、さっぱり分からない。

「ところで、新しいマンションはどう」

話題を変える。

「こっちより住み心地いい?」

「いい感じだよ。ちょっと部屋は狭くなったけど、日当たりは良いし。駅も近いし」

嬉しそうに話す朝陽を、ちょっとだけからかってやりたくなった。

「彼氏の部屋の隣だし?」

「……あはは」

朝陽の頬に赤みがさす。

少し前まで、朝陽はここのマンションの別の階に住んでいた。

色々あって結ばれた恋人を追いかけ、今は同じマンションに住んでいる。

「いいね、幸せそうで」

「まあね。あ、もしかして俺が引っ越して寂しいの?」

照れ隠しなのか茶化してくる朝陽に、寂しいよ、と真面目に頷いてみせた。

「たまには、ご飯食べに来なよ」

「ありがと。ていうか、亮も恋人作ればいいのに」

何の気なしに口にする朝陽だったが、僕は少し首を傾げてしまった。

「僕は、恋愛は……ちょっと」

思いのほか暗いトーンになってしまった。

察した朝陽が黙ってしまい、テレビから漏れ出る音が、やけに大きく響いて聞こえてくる。

「そういえば何て言うんだっけ、朝陽が面倒みてる子達」

話題を変えようとテレビに視線を向ける。朝陽も慌ててテレビ画面の方を振り返った。

「あ!ちょうど出番じゃん」

朝陽が嬉しそうな声を上げた。

ステージにスポットライトが当たり、揃いの真っ白な衣装に身を包んだ少年達がまばゆい光の中に浮かんで見える。

ビートの強いイントロが流れる。観客席から悲鳴じみた歓声が上がった。

「すごい人気だね」

「でしょ」

指先まで隙の無い動き、見る者をあっという間に自分たちの世界観へと引き込む表情作り。

素人目にも分かるくらい、ハイレベルなダンスパフォーマンスが繰り広げられていく。

「……上手いね」

思わず呟くと、朝陽は少し得意げな表情をしてみせた。

「俺の指導の賜物かな?」

「うん。さすが、ダンサー・アサヒの教え子たち」

「照れるなあ」

冗談ぽく笑ってみせるが、朝陽は実際に世界大会への出場経験もあるプロのダンサーだ。

今は縁あって、このアイドルグループのダンス指導や振り付けを担当している。

「で、名前は何だっけ」

「ああ、グループ名?『star.b』だよ」

「すたー、びー?」

「何でそんな片言なの」

笑う朝陽をよそに、テレビ画面へ意識を戻す。

あんなにも激しい踊りを続けていれば息が切れそうなものだが、曲の終盤になっても、安定したボーカルが聴こえてくる。

「歌も上手いんだね」

「ボイストレーニングも頑張ってるからね」

「うん……ていうか」

「ん?」

「一人、すごく上手い人がいるね」

そう言った時には、曲が終わってしまった。

「え、誰のこと?」

朝陽が興味津々にこっちを見てくるけれど、誰と言われても一人も名前と顔が一致しない。

「碧生かな。それとも奏多?」

「知らないよ、どれが誰だか」

けど、とさっき聴いた声を反芻する。

「あんなにテンポの速い曲なのに。聴いていて、心地良かった」

おお、と朝陽が感心した様な声を出す。

「亮がアイドルの歌に心を動かされてる」

「いや……あ、インタビュー始まるみたいだよ」

ライブ冒頭で司会をしていた若い男性二人が『star.b』メンバー達にマイクを向ける。

「彼らは、英語話せるの」

「うーん……」

朝陽が苦笑する。

画面の中では、メンバーの一人がたどたどしい英語を必死に話していた。

「お。瞬、頑張るじゃん」

「通訳入れたらいいのに……」

そう言っているうちに、短すぎるインタビューは終了してしまった。『star.b』メンバー達が舞台袖に掃けていく。

「もう出番終わり?」

聞くと、朝陽は頷いた。

「しょうがないよ。このライブに呼んでもらえただけで、すごいことなんだから」

「さっき、人気あるって」

「人気はあるけど、世界レベルで見るとねえ」

朝陽はそう言いつつ、冷めかけたグラタンを口に運んだ。

「語学力もあの通りだし。本格的な海外進出は、まだまだ先かな」

「そういう話があるの?」

「元々、そういうビジョンでデビューしたからね」

「へえ」

「でも、あの英語力じゃちょっと。最初に出てた韓国のアイドルとかさ、聞いてた?めっちゃ英語流暢に話してたじゃん。日本語もすごく上手くて……」

不意に、朝陽は何か思いついた様子で食べる手を止め僕を見た。

「いるじゃん、良い人材が」

「は?」

「亮、あの子たちに授業してあげてよ。そうだ、いいじゃんそれ」

何を急に言い出したのか、呆れる僕をよそに朝陽は勝手に一人で盛り上がっている。

「亮、英語も中国語もネイティブじゃん。日本語も当然ペラペラだし、現役の大学講師だし!」

「ちょっと、朝陽……」

「だめ?いいと思うんだけどな」

それに、と朝陽の表情が少し真顔になる。

「受け持ちの授業、一個無くなったんでしょ?新しい職場、探してるって言ったじゃん」

「そうだけど……そんな事、朝陽が一人で決められることじゃないでしょ」

すると、朝陽は自分のスマホを取り出してにっこりと笑った。

「コネならあるよ。任せて」

「……ああ」

彼氏の事か、と内心呟く。

朝陽の付き合っている相手は、『star.b』の専属マネージャーをしているはずだった。

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