Innocent Noise

叶けい

ACT01.ファン至上主義絶対恋愛禁止論

1.インタビュー

―碧生―

「俺、羨ましいんですよね。彼のハスキーな声」

隣に座る奏多の方を見る。

「そうなんですか?」

向かい側のソファでメモを構える、インタビュアーの女性が少々大袈裟なリアクションで目を見開く。

「やっぱり、ソロじゃなくてグループで歌っているので。特徴的な声の方が、聴く人の印象に残りやすいじゃないですか」

「牧野さんも、内海さんとはまた違った魅力のある歌声だと思いますけれど……」

うんうん、と奏多が同意する様に頷く。

「そんな事を言ったら、俺だって羨ましいですよ。碧生の声はよく通るし、優しくて透明感もあって……」

「いやいや……」

「素敵ですね」

女性の口元に微笑が浮かぶ。

「お互いにリスペクトされていて。さすが超人気アイドルグループ、『star.b』のメインボーカルのお二人」

照れたように笑う奏多の頬に、えくぼが深くへこむ。出来ないのは分かっているのに、つい自分の頬を指で押さえてしまう。

「それでは一問一答に移らせてもらいますね」

長机に置かれたA4サイズのプリントを女性が手に取る。

どこの雑誌媒体でもよく聞かれるような質問から、そんな事知りたい読者がいるのか、と首を傾げたくなるようなマニアックな質問まで、奏多と交互に答えていく。お題は徐々に、恋愛に関する方向へとシフトしていった。

「では最後に。一日デートのプランを立てるとしたら、どこへ行きますか?」

「そうですね。このインタビューが掲載される頃には夏になってると思うので、やっぱり海に行きたいですね。夜は花火したり……」

用意していたかのように淀みない調子で答える奏多とは対照的に、俺は内心ため息をついた。

アイドルに向かってどうしてそんなことを聞くのか、甚だ疑問でしかない。

「牧野さんはどうですか?」

水を向けられ、無意識に腕を組んでいた。

「ご飯食べて……映画行く。以上」

「何やそれ、素っ気な!」

素早いつっこみが隣から飛んでくる。

「何だよ、立派にデートじゃんか」

「いやお前さあ、もうちょっとこう……何かあるやろ」

「いえいえ、良いんですよ。ありがとうございました」

慌てたようにインタビュアーの女性が間に入ってくる。俺と奏多のインタビューはそこでお開きになった。


***

控室に戻り、差し入れで用意して頂いているお菓子の山の中からグミの袋を摘み出す。フルーツ味で、噛むと果汁の香りが口いっぱいに広がる。最近のお気に入りだった。

「お前さあ」

長机を挟んで俺の向かい側の椅子に座るなり、奏多の文句が始まった。

「何やねん、さっきのつまらん答え」

「何が」

「最後の質問。ちょっとくらいサービス精神とか無いん?めちゃ素っ気ない答え方して」

言いつつ、俺が持っている袋から勝手にグミを摘んで持っていく。

「だって思いつかないし。ご飯と映画の何が悪いんだよ、立派なデートじゃんか」

奏多が首を傾げる。

「ひょっとしてデートしたことないん?」

「あるよ。あるけど……」

「まじでご飯と映画だけか」

「いや、うちの地元に映画館は無い」

「まじで?」

「都会育ちのお前と一緒にすんなよ」

東京に次ぐ、第二の都会育ちの誰かさんを見やる。

「いいか、俺の地元は」

「右見ても左見ても、田んぼなんやろ」

「ばあちゃんちの畑な」

「はいはい、もう何回も聞いたわ」

ふん、と鼻を鳴らしてグミを口いっぱいに頬張る。

「チャリ二十分くらい漕いだら、ファミレスくらいはあるぜ」

「チャリ?原付乗り回してたんじゃないん」

「高校入ってからな。チャリで通える範囲に学校が無いんだよ」

「碧生の頭で入れるレベルの学校が、やろ」

「うるせ」

奏多の軽口に乗っているうちに、グミの袋は空になってしまった。

「けど、カノジョの一人くらいおったやろ?」

個包装のチョコを手に取りながら奏多が聞いてくる。

「彼女ねえ……」

「え、付き合ったこと無いんか」

「無いわけじゃないけど。高校生だったし、そんなロマンチックな付き合いじゃなかったな」

「ロマンチックな付き合いって何なん」

「なんだっけ?海行ったり、花火したりい?」

「それさっき俺が言ったやつ!」

軽く小突いてくるので、笑って躱す。

「まあとにかく、デートって言われても思いつかないわけよ。経験値無いんで」

「ふうん。ならこれから楽しみやな」

面白そうに奏多がからかってくる。

「いつか碧生が恋をしたら、どんな事するんかな」

「恋なんかしないよ」

きっぱり言い切る。奏多は驚いた表情で俺を見た。

「何で?」

「何でって……アイドルなんだから、ファンの事を一番に考えるだろ」

現役アイドルとして真面目な模範解答を口にしたつもりだったが、奏多はさらりと

「でも大知くんは恋人おるで」

と、最年長メンバーの名前を口にした。

「……知ってるけど」

わざわざ言われなくても、その事はグループ内で周知の事実だった。

だからと言って、大知くんは付き合っている相手に関する話をする事はほとんど無い。それが余計に相手に対する本気度を窺わせる。付き合いを反対する声は今のところ『star.b』メンバーの誰からも上がっていない。

だけど正直、俺はあまり良い気はしていなかった。

「そういえば碧生、作詞の方はどうなん」

聞かれ、書きかけの歌詞の断片を思い出す。

「まだ考えてるけど、何で」

「ラブソングやろ。デートプランも思いつかんのに、想像で書けるん?」

「は?書けるよ。書くさ。俺の想像力なめんなよ」

「ほんまかあ?大知くんにインタビューしてきたらどうなん」

「しねえよ」

「あっ、今ちょうど俺らとおんなじ質問されとるんちゃう。聞きに行ってこよ」

腰を浮かした奏多の事は無視し、菓子の山からもう一つ、違うメーカーのグミを選んで袋を開けた。

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