怪し桜のぼやき
洞貝 渉
怪し桜のぼやき
ワタシたちは人間が嫌いなの。
でも人間はワタシたちが好きでしょう?
春の花なんて山ほどあるのに、お花見といったら絶対ワタシたちだもの。
なんでワタシたちがあっという間に散るのかわかるかな?
少しでも人間に愛でられる時間を減らすためなの。
わかるかな? 嫌いなの、ワタシたちは、人間が。
春が悪いのかもしれないって思ったから。
だってそうでしょう?
とても気候が良く、人間以外の生き物も活発に活動し出す時期でしょう?
だからワタシ、思い切って、時期をずらして咲いてみることにしたの。
簡単だよ、人間がちょっと早起きしてみようってするのと同じ感覚。いつも七時に起きる人間が、四時に起きるのと同じくらいの労力。面倒だけど、やって出来ないことでもないの。
え、なんでそんなことわかるのかって?
それは後で説明するの。
ものごとには順序ってものがあるのだから、あなたは最後までワタシの話を聞いていて。
まず、夏に咲いてみたの。
暑いと生き物は死んじゃうのでしょう?
命をかけてまで外出してお花見なんてしないかなって考えたの。
でも駄目だった。人間、命がけでお花見をした。
冷たいビール、巨大扇風機、日蔭用の大きなテント、かき氷。
もうお祭り騒ぎで、うんざりしたの。
何人も暑さで人間が倒れたのに、次から次へと人間が湧いてくるし。
次に秋。
秋の桜っていうのがあるのだから、わざわざ春の桜なんて気にしないと考えたの。
でもやっぱり駄目だった。
夏よりも気候が良いせいか、春と同じかそれ以上に、四六時中人間に愛でられてうんざりしたの。
最後に冬に咲いたの。
寒いと生き物は死んじゃうのでしょう?
暑さは気にかけてなかったけれど、さすがに寒さの中で命をかけてまで外出してお花見なんてしないかなって考えたの。
でも案の定駄目だった。人間、命がけでお花見をした。
ブクブクに着ぶくれして、日本酒におでんとか肉まんとかをつまみながら、狂い桜も乙なものですなあ、なんて。
ワタシたちは人間が嫌いなの。
でも人間はワタシたちが好きでしょう?
春じゃなくても、ワタシが咲けば絶対にお花見をするくらいには。
わかるかな? 嫌いな相手から好かれるの、すごく苦痛なの。
苦痛だから避けたのに、わかってもらえないの。
人間、本当におバカさんなの。
好かれるのが良くないって思ったから。
だってそうでしょう?
好きだからこそ、どんな悪条件でもめげないでいられる。
だからワタシ、人間を攻撃してみることにしたの。
攻撃されれば、さすがに嫌われていることに気付くでしょう?
攻撃されれば、好きでいることは無くなるでしょう?
まず、夜に一人で出歩いている人間を狙ってみたの。
たくさんの人間をいっきに攻撃して大騒ぎになるのも鬱陶しいでしょう? ワタシの近辺で失踪者が続出すれば、誰もワタシに近づかなくなるかなって考えたの。
でも駄目だった。人間たち、孤立した仲間が十や二十消えても誰も気づかなかった。
次に、夜に複数人で連れ歩く人間をまとめて攻撃してみたの。
数が増えればさすがに気が付くと思ったの。
でもやっぱり駄目だった。
失踪者がいることには気づき始めたけれど、その原因がワタシだとは気づかなかった。
最後に、人間がたくさんいる時に数人だけ攻撃してみたの。
全部じゃなくて少しだけ攻撃して、残りの人間たちに目撃させれば警戒するだろうって思ったの。
でも案の定駄目だった。
警戒する人間以上に、失踪したい人間がたくさんいたの。
そう、ちょうど今のあなたみたいな。
ねえ、人間。
ワタシはあなたみたいな人間たちから、たくさんの人間に関する知識を仕入れたの。人間の早起きの話もそう。
失踪したい人間たちは、みんなワタシと同じで人間が嫌いみたい。
かわいそうだよね。
だって嫌いな存在そのものなのだもの。
ワタシは逃げる手段を探せるけれど、あなたたち人間は人間であることから逃げられない。
だから、ワタシがあなたを人間から逃がしてあげる。
代わりに、ワタシが人間から逃げる手段を探すため、人間についてあなたの知っていること全部教えてほしいの。
そしたら、あなたが持っているそのロープを使わずとも、ワタシがあっという間に楽に失踪させてあげる。
……え? 今なんて言ったの? 『桜の下には、埋まっている』?
ふうん、そうなの。
人間って面白いこと考えるのね。
ありがとう、参考になったの。
今度こそきっとうまくいくような気がする。
じゃあ次はワタシがあなたを失踪させる番だね。
ばいばい、人間。
人間は嫌いだけど、あなたとお話できてよかった。
怪し桜のぼやき 洞貝 渉 @horagai
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