6 ヒーローになりたい
前世の僕は、強くて逞しい屈強な男に憧れを抱いていた。
生まれつき遺伝的に腎機能に問題があった僕は、小さい頃から入退院ばかりを繰り返していた。そんな中、楽しみにしていたのが、戦う漢たちの漫画やアニメだ。
いつも病院のベッドの上で、いつか自分も彼らみたいに格好よく戦うんだと夢を見ていた。
夢の中では僕は世界を救える能力を持つ主役、ヒーローになっていて、病院のベッドに寝ている時にスーパーパワーに目覚めて恐怖に怯える看護師さんたちを助ける。そんな僕には背中を預けることができる親友でもあるバディがいて、僕らは熱い漢の友情で結ばれているから、ピンチの時にはお互い助け合うんだ。
そんな子供っぽい夢想をしては、自分を慰めていた。彼らのようには動かない自分のひ弱な身体から目を逸らさないと、心が保たなかったからだと思う。
だけど結局、筋肉隆々の戦う漢になる前に、十八歳で腎不全から心不全を起こして死んでしまった。
僕の夢は、夢のまま終わってしまったんだ。
だけど何かの奇跡が起こり、僕はユリアーネとして生まれ変わった。今も昔と一緒でひ弱なヒョロガリてあることに変わりはない。でも今回は膨大な魔力のお陰で、夢にまで見た熱いバトルを経験できるようになった。そりゃ、最初はちょっとばかり――いや、大分怖かったけど。
ゴウワン王国でのバトルは、前世の僕の長年の夢が叶った瞬間だったんだ。
だったら次は、今世のユリアーネの夢を叶える番だと思った。
以前までの僕の夢は、王太子妃となって国や殿下を支えていくことだった。だけど婚約破棄されてしまい、夢は
そこで僕は考えた。なら、これまでのしがらみを忘れて自由に生きるのってどうよ? と。強い男になって、殿下なんて忘れるくらい素敵な人と出会って、幸せな家庭を築く。これまで観て読んできた物語の主人公たちのように、自分の意思で人生を切り拓くんだ。お、いいじゃん、前向きでさ。
僕はずっと、王家によって情報を遮断され、搾取され続けてきた。前世の記憶が甦らなければ、きっと死ぬまで自分が置かれている状況が異常だとは気付けなかった。そう考えると、ゾッとする。
女性らしい身体つきをキープすべく徹底した食事制限をされていたから、身長も低めだしヒョロガリと、彼らの影響は未だ大きい。だけど、身体自体は健康だ。この先沢山食べて動けば、きっとムキムキにだってなれると思う。だってまだ十八だし、伸び代はある!
国外逃亡して彼らの監視から逃れられた今、好きなものを好きな時に食べても叱られることはない。もうこんなの、最高すぎない?
という訳で。
「僕たちの拳にかんぱーい!」
エールが並々と注がれた木製のコップを、軽くぶつけ合わせた。もう僕はにっこにこだ。
「改めて、予選通過おめでとな、アーネス!」
「二人もね! 本当、二人のお陰だよ。ありがとう!」
これまでは舞踏会とかで果実酒を嗜む程度にしか飲んだことがなかったので、苦味が最初に口の中に広がるエールの味は新鮮だった。あのまま氷の令嬢でいたら、この庶民の味を味わうことは一生なかっただろう。そう考えると、随分と遠くへ来たもんだ。感慨深い。
あ、ちなみにこっちの世界の飲酒は十八から。十八歳で大人と見做されるから、殿下も十八歳になったタイミングで婚約破棄を言い渡したって訳だ。勝手なことをやって国王夫妻からはこってり搾られただろうけど、もう知ったことか。
グビグビ飲みながら、互いの健闘を褒め合い、どこの関所での戦いはよかった、といった話に花を咲かせる。
と、突然隣の席から野太い声で話しかけられた。
「なんだお前ら、そんなひょろっちい身体してる癖に本当に予選通過できたのか?」
「は?」
苛立たしげにウキョウが振り返る。僕とサキョウも、声の方を振り向いた。巨大な熊のような体格の男が、ニヤニヤしながらこちらを見ている。一緒のテーブルを囲んでいる男たちも、揃って筋肉隆々だ。ちょっぴり羨ましいけど、大分むさ苦しいから僕の理想はもうちょっと清潔感がある感じかなあ。
それにしても、引き締まった身体つきの双子と比べると、まるで大人と子供みたいだ。僕に至っては、大人と赤ちゃんかもしれない。て、僕はまだ発展途上なんだよ!
別の男が、同じようにニヤつきながらからかう。
「そっちの水色頭の兄ちゃんなんか、笑っちまうくらいヒョロヒョロじゃねえかよ! どうやって関所を通ったんだ? 役人に金でも積んだのかあ?」
最初の男がガハハと仰け反りながら笑った。
「金よりも身体を使ったんじゃねえかあ? 不正はやらねえって聞いてたんだが、奴らも欲には勝てねえってか!」
「なんだと!」
ウキョウがドン! とグラスをテーブルに叩きつけて立ち上がる。僕はというと、男が言った意味がよく分からなくて首を傾げていた。身体を使う? 確かに拳は使ってるけど、不正ってどういうことだ?
「ウキョウ! 挑発に乗っちゃだめよ!」
大きく一歩踏み出したウキョウを、サキョウが慌てて腕を掴んで引き戻す。
えっ、一瞬の内に一触即発!? と僕が固まっている間に、男たちも立ち上がって睨み合いを始めちゃったじゃないか。わあ、さすがは腕力で勝負の国、ゴウワン王国だ!
なんて喜んでいる場合じゃなかった。
「はっ、離しなさいよ!」
いつの間にかサキョウの後ろに回り込んでいた男のひとりが、サキョウを無理やり羽交い締めにする。うわっ、周りの奴らが厭らしい目つきになって鼻の下を伸ばしてるんだけど!
「お前らッ! サキョウに触んじゃねえ!」
ウキョウがサキョウの元に駆け寄ろうとすると、男二人が後ろからウキョウの腕を掴んで拘束してしまった。
「ウキョウ、サキョウ!」
驚きから覚めた僕は、慌てて立ち上がる。と、サキョウが僕を見て必死な形相で首を横に振った。
「アーネスは来ちゃだめよ!」
「でも!」
と、サキョウに厭らしい目を向けていた男たちの視線が、僕に向けられる。にやりと下卑た笑いを浮かべながら、最初に絡んできた男が僕の前に立ちはだかった。
「関所の役人をたらし込めたお前の味、味わせてもらおうかなあ?」
男は僕よりも遥かに背が高く、小山のような存在感だ。首が痛くなるほど見上げつつ、精一杯キッと睨みつける。
「訳の分からないことを言ってないで、さっさと二人を離せ! 離さないと、ただじゃ済まないぞ!」
双子に教わった構えをサッと取ると、男が大声で馬鹿にしたような笑い声を上げた。
「アハハハハッ! おいおい、こんな小さなお手てでやる気かあ? しかしよく見るとお前、マジで可愛い顔してんなあ……。その不思議な色の目で見つめられたら、無骨な役人があっさり落ちるのも納得だ……」
男は僕の顔を覗き込んで、舌舐りをする。背筋がゾワッとした。確かにヘルム王国でも時折僕の薄水色の瞳をガン見して「珍しい瞳の色ですね。男を惑わす色だ」とか言う輩はいるにはいた。てっきりアントン殿下に相手にされなくなった僕を侮蔑していると思っていたけど……え、僕の目ってそんな感じなの? ちっとも望んでませんが?
ここまで来て、僕はようやく理解した。関所の役人をたらし込んだの何だの言ってたのは、僕が所謂そういう大人なことをして通行証を不正に得たっていう意味で言ってたんだと。
そしてそれは、僕に対する最大の侮辱だった。
「……うるさい」
「あ? 何か言ったか?」
「うるさいって言ったんだよ。人を見た目だけで判断しやがってさ。人の事情も知らずに勝手なことほざいてんじゃねえ!」
腹の底からの啖呵を切ると、徐々に気分が高揚してくる。ねえ今の僕、凄くヒーローっぽくなかった!?
拳を軽めに握ると、身体を前後に揺らして間合いを測る。それと同時に、力の腕輪に魔力をガンガンに込めていった。
男はチッと舌打ちをすると、更に挑発してくる。
「フハッ、お前のひょろひょろパンチが一発でも当たったら、この二人は離してやるよ。その代わり当たらなかったら、お前は俺の夜の相手をするんだぜ?」
「臨むところだ!」
「アーネス! 駄目よ!」
「アーネス! クソッ、離せよクソデブども!」
男が人差し指をクイクイッとやって、あからさまに煽ってきた。「やってやれ小僧ー!」「かわい子ちゃんを抱けるの羨ましいぜ!」とかいう野次が飛び交う。
男が仲間の男たちにやれやれとばかりに肩を竦めた瞬間を、僕は見逃さなかった。
バフをかけまくった足に力を込めて踏み抜き、腰が入った一発を男の顎に決める!
「ガフッ!?」
男の顎がガチーンッ! と音を立てて閉じたと同時に、巨体が宙を舞った。
「う、嘘だろ!?」
「なんだ今のは!?」
周囲がざわつく中、男は背後にあったテーブルの上に勢いよく落ち、テーブルが真っ二つに割れる。
僕はパンパンと手を叩くと、双子を掴まえている男たちに言ってやった。
「約束だ。二人を離せ」
男たちは、目と口を大きく開けたまま、掴んでいた手を力なく下ろした。
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