5 王都散策

 関所での勝負を経て王都に入った者は、本選への参加権を得られる。


 最後の関所でもらった通行証のコインを大会本部受付に持っていって登録すれば、本選へのエントリー完了だ。


 この期間は毎年物凄い人数が王都に集結するので、文字通りお祭り騒ぎになるんだとか。出店や屋台もずらりと並び、一年の内で一番稼げるというのも納得だった。


 当初、僕はエントリーするつもりはなかった。だけど双子が「大会何回戦進出とかの実績があると箔が付くんだぜ!」「アーネスが勝ち進んだのを聞いたら、ご隠居様もきっと驚くわよ!」と熱心に勧めてきたこともあって、結局は三人揃ってエントリーしてしまった。大丈夫かなあ……。それにしても、外国人でもエントリーできるなんて、おおらかな国だよね。


 本選はまだ数日先。当面は王都観光くらいしかすることがなくなってしまったので、王都散策を兼ねて今宵の宿を探すことになった。双子は完全にミカゲさんをあてにしていたみたいだけど、「いざとなったら伝手はあるし」とあっけらかんとしたものだった。


 ――だけど、まずは腹ごしらえだよね?


 祖国ヘルム王国の食事は、ザ・西欧といった感じの洋食だった。だけどここ、ゴウワン王国の郷土料理はかなり和食に近い。


 あちこちに並ぶ出店で、お腹に溜まる物から甘い物まで堪能していく。涙が出るほど懐かしい味に、僕は今猛烈に感動していた。


「んまー、最高! いくらでも食える!」

「アーネスったら、落ち着いてよ! またお腹壊しちゃうわよ!」

「アーネス、こっちもうまいぞ!」

「食べるー!」

「もう! どうなっても知らないから!」


 まさか、異世界で心ゆくまで醤油味を味わえる日がくるとは思ってもみなかったよ……! 前世では塩っぱいのは禁止だったし、お城では男臭く育たないように食事制限されていたから、余計なんだよね。生きていてよかったと、心から思う。あー幸せ。心置きなく飯が食えるって最高!


 散々歩き回って足が疲れたところで、ウキョウが賑やかで大きな酒場を見つけた。


「あ、酒場だ」


 まだ夕刻だけど、既に席の半分は埋まっている。屈強そうな男女が楽しげに酒を酌み交わしている光景からは、戦士の休息とでも言える和やかな雰囲気が伝わってきた。


「ほらウキョウ、よそ見しない」

「ん、そうだな」


 これまでは、王都に急がなければと飲酒は控えていた。二人は僕の護衛を優先して、「何かあった時に腕が鈍るから」と一滴たりとも酒を口に含もうとしなかったんだよね。


 だけど、酒を飲んでいる人を見て羨ましげな目になっている姿を、何度も目にしている。ウキョウなんかは、「よくご隠居様の酒盛りに付き合わされてさあー。いい酒持ってるんだよなあ、これが」なんて言ってたくらいだから、相当な酒好きなんだと思う。


 道中、多少のヒヤッとした小さな事件はあったものの、追手の気配は一切なかった。それに今日は、めでたく王都に入ることができた記念日でもある。勿論警戒は必要だとは思うけど、もし祖国の王家がまだ僕を探していたとしても、ここまで追ってくることはほぼ不可能だと思うんだ。


 だったら。


「本選が始まるまではまだ日数があるし、今日は飲んじゃおうか!」


 笑顔を双子に向けると、ウキョウとサキョウが驚いた顔に変わった。


「えっ、いいのか?」

「ちょっとウキョウ、私たちの役目を忘れちゃ駄目よ」


 嬉しさを隠しもしないウキョウを、サキョウが慌てて止める。


「関所の人が言ってただろ。王都内で問題を起こした人物は、大会に参加させてもらえなくなるって。だから大丈夫だって!」


 大会期間中に諍いを起こして憲兵にしょっ引かれた段階で、その年の大会出場権は剥奪される。だから日頃は荒くれ者だらけの王都の治安は、一年の中でこの時期が一番いいんだって。関所の人が豪快に笑いながら教えてくれた。


 ウキョウが思い出したかのように頷く。


「あ、そういやあそんなことも言ってたな!」

「でも、だからって」


 サキョウはまだ渋っている。でも、油断すると突っ走っていくウキョウのストッパー役のサキョウにも、たまには肩の力を抜いてゆっくりしてもらいたいんだよね。


「王都の中はむしろ安全だと思うし、それに二人と一緒に予選通過のお祝いの乾杯もしたいなあ。……だめかな?」


 顔の前で手のひらを拝むように合わせると、サキョウの表情が柔らかくなった。


「……ありがと、アーネス」

「ううん。僕の方こそ、今までありがとうだし」


 えへ、と微笑み合う僕とサキョウ。ああ、素晴らしきかな、友情よ。


 これまで僕には、前世も今世もちゃんとした友達がいたことはなかった。殿下とパトリシアが出会った学園に僕も通っていたけど、基本ぼっちだ。殿下の婚約者だったら取り巻きのひとりでもいそうなもんだけど、マジでひとりもいなかった。


 原因は単純明快。前世では入退院ばかり繰り返してろくに学校にも通ってなかったし、今世では友情を深める余裕なんて一切なかったからね。


 どれくらい忙しかったかというと――そもそも僕は基本、毎日早朝から『魔力の壺』に魔力を注いでいた。それから学園に通って、お城に戻ったら休む間もなく家庭教師的畏まった爺さん婆さんにビシバシ王太子妃教育を施される。更に学園でも上位の成績を求められてたとなれば、友達とワイワイキャッキャする余裕なんてある訳ないでしょ。


 しかも男だとバレたら、非常に拙い。仲がいい人間を作ってそいつにバレでもしたら、僕じゃなくてそいつの首が飛ぶ。そんなリスク、恐ろしくて負える訳がないって。


 だからあの頃の僕は、あえて自ら壁を作って人を遠ざけていた。殿下の婚約者たるもの、孤高で気高くあれ――なんて言い訳してさ。


 でもそれは殿下も一緒だと思っていた。だって、将来国を背負う殿下があまりフレンドリーだと周りに舐められるじゃないか。だから殿下が男爵令嬢のパトリシアと仲睦まじく過ごしているという嘲笑混じりの噂を聞いて、これは止めなければと思ったんだ。


 だけど殿下は取り合ってくれず、ならばとパトリシアに直接話をしに行くと、何故か彼女に次々と不幸が訪れて、それが全部僕のせいにされちゃってさ。


 あの頃の僕は、はっきり言って情報弱者だった。客観的に物事を見るほどの材料も与えられず、相談できる相手もいなかったから。今思えば可哀想なほどのぼっち具合だったと思う。


 そもそも女として育てられたのだって王家の命令があってこそなのに、男だってバレたら婚約破棄するとか脅されてたんだぞ? おいおい、いくらなんでもそりゃ勝手過ぎだろって普通は思うと思うけど、以前の僕は疑問にすら思わなかった。それくらい、王家に対して盲目的だったんだ。幼少期からの刷り込みって怖い。


 で、権力になびきまくるお父様も勿論一切抵抗しなかった。お前は親なんだからもう少し子供のことも考えろよって今なら思う。


「はあ……」

「アーネス? どうしたんだ?」


 ウキョウが心配げな様子で、突然暗くなった僕の顔を覗き込んできた。


「あ、ごめん! なんでもないから!」


 駄目だなあ。祖国ヘルム王国のことを考えると、思考が暗くなる。折角転生して健康な身体を手に入れたんだし、これから自由を満喫する人生プランなんだから、暗い過去は考えるのはやめよう。


 とにかく、だから双子の二人のことは、全部の僕の人生をひっくるめて初めてできた友達だと思ってる。つまり二人には我慢してほしくないし、笑っていてほしいんだよね。


「二人とも、今日は楽しく飲もう!」

「久々の酒だぜーっ!」


 ウキョウが素直に喜ぶ。


「あんたは飲み過ぎ注意だからね!」


 サキョウが早速注意をし始めたので、あえて言ってみた。


「ウキョウ、僕と飲み比べしようか!」

「おっ、アーネスやる気じゃん!」

「ちょ、ちょっとアーネス!?」


 嬉しそうなウキョウとぎょっとしているサキョウの腕を掴むと、笑いながら店の中に入っていった。

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