4 王都に到着

 何故僕が「メインストーリーは問題なく進行できる」と結論付けたのか。


 それは、逃げた際に物語の『強制力』が働かなかったからだ。


 物語の『強制力』は、ストーリーに深く関わってくる部分に関しては確かにあったと思う。実際は何もしていないのに、パトリシアに起きた悲劇の全てが僕のせいになっていたこと。あれは、そうしないとアントン殿下がパトリシアと親密にならなかったからなんじゃないか。


 そして迎えた、断罪イベント。ここで必須だったのは、僕が物語からだ。


 そんな中、予期せぬエラーが起きた。


 唯一の心の支えだったアントン殿下に婚約破棄を言い渡されたショックで、元々限界だったユリアーネの心が壊れてしまった。あそこでユリアーネが停止してしまったら、ストーリーが先に進まない。


 そこで本来は一生出てくる筈のなかっただろう前世の人格――僕が出てきて懸命に開いた穴を塞いだ結果、ストーリーに従わず逃げ出すというイレギュラーを起こしたんじゃないか。


 つまり、僕はこの物語においてバグだ。バグは本来は排除すべきものだろうけど、今後メインストーリーに関わらない僕に起きたバグであれば放置しても問題ない、とこの世界に判断されたとしたら。


 そう考えると、本来は斬り掛かって捕まり断首刑に処される僕がするりと逃げられたことにも説明がつくんだよね。


 若干経緯に違う部分はあっても、あの二人が恋愛成就する為の障害物は取り除かれた。だから物語の『強制力』は働かず、僕は今もこうして小説に一切出てこなかった蛮族の国で生きることができている。


 もう物語に登場しない僕は、これ以上メインストーリーに関わらない――つまり祖国に近寄らなければ、この先は自由に生きられるんじゃないか。


 だから僕はこう考えた。アントン殿下に恋をしていたのも、きっと物語の『強制力』のせいだったんじゃないか――と。


 そもそも僕は男だ。なのに情報を遮断され洗脳されまくっていた当時は、同性の殿下に恋心を抱いていることに何の違和感も覚えていなかった。


 元々この世界では、貴族間での同性婚は一般的ではある。貴族は庶民と違い、家同士の繋がりを重視し、男同士で政略結婚させることも多い。その際、どうしても子供が必要な場合は、妾や愛人に産ませたり親戚の子を養子に迎えたりすることもあった。


 だけどさすがに王太子ともなると、ちゃんと血筋を残さないといけないから、男同士の結婚は基本ない筈なんだ。なのにどうしても僕をキープしておきたかった陛下は、僕に女装させることで世間を騙し、僕を無理矢理囲い込んだ。


 大方、僕の世界を狭めて殿下しか見えないようにすれば言いなりになるとでも考えていたんだろうな。実際、パトリシアが現れるまでは陛下の思惑通りに事は進められていたし。


 婚約破棄のせいで前世の記憶が蘇って以降、以前までのユリアーネの乙女思考と王家への盲信は僕の中から消え失せてしまった。


 だから未だに時折心臓を鷲掴みにされたかのような悲しみに襲われるのは、きっと物語の『強制力』の残り香みたいなものなんだと思う。メインストーリーから離れたから、その内この気持ちは薄れていく筈だから――。


 だから……この想いが消えてなくなるその日まで、痛む心からは目を背けておくんだ。


 首をぷるぷる振ると、両手で頬を強めにパンッと叩く。明るい笑顔を、護衛の双子に向けた。


「よーし、ウキョウ、サキョウ! 道案内を頼むよ!」

「まかせろ!」

「まずは何か腹ごしらえしましょうよ!」


 護衛であり友人の双子とはしゃぎながら、初めて見る異国の王都の中を進んでいった。



 お祖父様の「信頼できる古くからの友人」であるミカゲさんは、現在は王宮敷地内の宿舎に住んでいるそうだ。


 元々双子は、お祖父様のところで雇われる前はミカゲさんの元で修行していたんだって。「物凄く強いお師匠様なんだぞ」って嬉しそうに教えてくれた。二人がとても慕っているのが伝わってくる。


 それにしても、ゴウワン王国の人たちの名前は、みんなどことなく日本人には馴染みのある名前なんだよね。小説には如何にも西洋な名前の登場人物しかいなかったから、これも今僕がメインストーリーから外れたところにいるという証明にもなるかもしれない。


 早速、王宮の入り口に向かった。僕の手には、お祖父様から預かったミカゲさん宛の手紙がある。


 僕がミカゲさんの所に到着したら、ミカゲさんからとある特殊な方法で知らせを送るように、とこの手紙には書かれているんだって。


 逆にそれまでの期間は、「寂しいが誰が目を光らせているか分からんからのう。ユリアーネちゃんからは決して儂に連絡をせぬようにの」とお祖父様に口を酸っぱくして言われていたので、一度も連絡を取っていない。


 戦い方を覚えてまで王都にできるだけ急いだのは、これが一番の理由だった。


 どことなく和を感じる王宮の門の前で、逸る気持ちを抑えながら門番のおじさんに「宿舎に住んでいるミカゲさんに会いたい」と尋ねる。すると、申し訳なさそうに言われてしまった。


「悪いなあ、坊主。ミカゲ様は暫くの間不在にされているんだよ」

「――えっ、そうなんですか!?」

「ああ。予選期間中は、強い奴らが軒並み王都に集まるからな。国境付近は他所から怪しい奴が入り込みやすいんだよ。てことで、ミカゲ様率いる有志一同が国境付近の警戒にあたっているんだ。本選が始まる頃には戻って来られるとは思うんだが」

「そんな……っ」


 拳での戦い方を覚えてはるばるやってきたというのに、尋ね人が真逆の方面にいたなんて。ひょっとしたらどこかですれ違っている可能性もあるんじゃないかと考えたら、あまりに前ばかり見ていた自分が悲しくなった。


「まあ、またおいで」と言ってくれた人の良さそうな門番のおじさんに、ぺこりと頭を下げる。あからさまに落ち込む僕を、双子が両サイドから肩を叩いて慰めてきた。


「悪かった、アーネス。ミカゲ様は基本じっとしてない方だから、可能性は十分あったのに」

「仕方ないわよ。ミカゲ様が戻られるまで、王都で待つしかないわ。大会期間中に逆方面に向かうのは、大会辞退の意味があるみたいだし」

「え、じゃあ一旦王都の外に出たらもう入れないってこと?」

「大会期間はそうみたいね」


 あっさりとサキョウが頷く。なんと。そうしたら、王都に足止めはもう決定じゃないか。


 ウキョウがワシャワシャと僕の髪の毛を乱雑に撫でた。


「アーネス、落ち込んでも仕方ないって。ご隠居様には決して自分から連絡するなって言われてるし、分かってくれるよ!」

「ウキョウ……そうだよね……」


 サキョウが励ますように笑いかける。


「とりあえず、王都観光しましょうよ! 美味しい食べ物も一杯あるわよ!」


 そうだ、凹んでいたって何も変わらない。だったらせめて元気に楽しく過ごした方が、年々やせ細っていっていた僕を心配していたお祖父様もきっと喜ぶ筈だもんね!


 それぞれの腕を双子の腕に絡めると、「うん、じゃあ折角だから行こうか!」と気を取り直して笑いかけた。

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