3 蛮族の国

 お祖父様は、僕を産んで暫くして亡くなった僕の母親の父親だ。


 元騎士団長なだけあって、体格は逞しく漢! て感じのイケ爺なんだ。


 元々娘を溺愛していたお祖父様と会えるのは、年に数回だけ。それでも、お母様によく似た顔立ちで同じ薄水色の髪と瞳を持つ僕をとても可愛がってくれた。


 到着して早々、前世を思い出した云々の部分を省き、洗いざらい全てをお祖父様にぶちまける。


 『魔力の壺』と結界の存在については、国王夫妻、それと僕だけが知っていた情報だ。その為、日頃は温厚なお祖父様の怒りっぷりと言ったら凄かった。


「あんのドクズらが、儂の可愛いユリアーネちゃんになんということをッ!」

「お祖父様。お怒りは最もなのですが、あまり時間が残されておりません」

「うむ、儂のユリアーネちゃんの為じゃ! すぐに動くぞ!」


 お祖父様の行動は早かった。僕に護衛を付けると、他国にいる「信頼できる古くからの友人」を尋ねるように、と手紙を渡される。


 そして、旅支度の最後は。


「……本当に切ってしまうのか?」


 お祖父様が、名残惜しそうに僕の髪を見つめる。


「ええ、もう女のふりをする必要はありませんから」


 お祖父様は、男の僕が物心つく前から女装させられて女として育てられていたことも、今日まで知らなかった。僕が男だと知った時は心臓が止まっちゃうんじゃないかってくらい驚いてたけど、「ユリアーネちゃんはユリアーネちゃんじゃ! 儂の可愛い孫であることに変わりはない!」と言ってくれた。くうう、お祖父様大好き……!


「くそう! どれもこれも、全てあのクソガキどものせいじゃ! 待っておれユリアーネちゃん、こちらを片付けたら儂もすぐに追いつくからの!」

「はい、お待ちしてます」


 氷の令嬢と影で揶揄される僕を象徴するような薄水色の長い髪が、バサリと床に落ちた。



 優秀な護衛二人と共に、月明かりだけを頼りに国外に逃亡した。


 護衛の名は、ウキョウとサキョウだ。黒装束に身を包んでいて、筋肉質でスラリとした体型の、長い黒髪をポニーテールにした男女の双子。顔立ちはどこか少し東洋風で、涼しげな目元が格好いい。隠密とか忍者とかいう言葉が似合いそうな感じだ。


 僕より二歳上なだけだけど、「あの国の出身だからの。儂の護衛の中で腕はピカイチじゃ」というお祖父様のお墨付きだった。


 本当は、長年一緒に過ごしたフィアも連れて行きたかった。でも、彼女は僕が住んでいた場所に戻って「ユリアーネ様は傷心で誰にも会いたくないと仰っておられます」と僕が国外に逃げ切るまでの間、不在を誤魔化す役目を担っている。いつかまた、互いに無事で会えることを祈るしかなかった。


「――しかしユリアーネ様、随分と印象が変わられましたね」


 双子の男の方のウキョウが、月光に照らされた僕の姿を見て意外そうに感想を述べる。


「その名前はもう呼ばないで頂戴。私のことはアーネスと」


 すると、女の方のサキョウがくすりと笑った。


「私、では今度はそちらの方が違和感がありますよ」

「あら、そうね」


 幼い頃から慣れ親しんだ口調は、いくら前世の記憶が戻って男の意識が増したといっても咄嗟に直るものじゃないらしい。


「……ええと、じゃあ僕?」


 ちょっぴり照れ臭いけど、前世の記憶を取り戻してから心の中の声も「僕」に変わっていたから、これが一番しっくりくる気がした。


「いいと思いますよ。少年らしいお姿と合っていると思います」

「そう? ならよかった」


 先ほど、お祖父様のお屋敷を出る前に姿見の鏡で見た、自分の姿。


 それは、これまでの険のあるキツい顔をした氷の令嬢じゃなくて、子供っぽさがどこか残る僕本来の青年の姿だった。髪は、首が出るほど短く切った。細い腕には、特殊な魔道具、無骨なデザインの『力の腕輪』がはめられている。これは、向かう国で必要になるだろうとお祖父様から餞別にいただいた物だ。


 どこからどう見ても、もう令嬢には見えない。殿下への恋心は、長い髪と共に祖国に置いてきた。だから僕はこれから自由になるんだ――。


 どこか清々しい気持ちで、夜道を進んだ。



 少し汗ばむくらいの日差しの中、地面に倒れ込んだ男に対し拳を掲げてみせた。


「――僕の勝ちだな!」

「坊主、強えな……! 俺の負けだ! さ、これを受け取って通りな!」

「ありがとう!」


 屈強な門番に通行証であるコインを渡されると、意気揚々と王都に続く最後の関所の門を潜り抜ける。


「やったーっ! 勝てたね!」


 あまりの嬉しさに、すでに勝利して僕のことを待ってくれていた護衛の二人に飛びついた。黒髪の双子も、興奮気味に頬を紅潮させている。


「アーネス、頑張ったなあ! 相手のあの驚いた顔を見たか? まさかアーネスがこんなに強いなんて思ってなかったんだろうな! ははっ、ザマーミロだぜ!」

「やるじゃないアーネス! あなたはできる子だと思ってたけど、まさかこれほどだとはね!」

「全部ウキョウとサキョウのお陰だよ! ありがとう!」


 すっかり友と呼べるほどの仲になった双子とはしゃぎながら、正面に見える王宮を見上げた。


 旅の最初の頃は、僕が護衛対象だからと距離を置かれてた。僕自身も、どうしても笑顔になることに抵抗があったから、よそよそしく感じていたんじゃないかと思う。


 だけど、これじゃこれまでと何も変わらない。勇気を振り絞って「友達になって欲しい」とタメ口をお願いすると、最初は遠慮がちに、次第にこうして対等に話してくれるようになったんだ。


 二人が気安く接してくれている内に、少しずつだけど「笑っちゃいけない」という強迫観念に駆られていた僕の呪縛が解けていった。


 まだ全開とはいかないけど、自分比ではかなり自然に笑顔が出るようになったと思う。


「ようやく王都に到着できたね……。二人とも、本当にありがとう」


 涙ぐみながら僕より拳ひとつ分背の高い双子を見上げると、双子も瞳を潤ませながら頷いた。


 ここまで、本当に長かった。


 はるばる旅を続け、早ふた月。お祖父様の「信頼できる古くからの友人」がいるというゴウワン王国に入国して以降、僕たちは何度も関所で足止めを喰らっていた。


 その方がいる王都は、国の中心部にある。そして現在、王都に至るまでに必ず通過する各関所で、『力の試練』を受けないと先に進めなくなっていたんだ。到着順なので、下手をすると何日も待たされることもザラだ。


 何故か。


 今月に入り、来月に王都で開催予定のとあるイベントの予選が始まっていたのがその理由だ。関所を通り抜けて王都に入るのが予選通過の証になるから、期間中王都に向かう人は試練を受ける必要があった。


 ちなみに行商人とかは期間中は専用の首輪をはめていて、自分では外せない仕様なんだって。


 ――予選。そう、ゴウワン王国は、力が正義という特殊な国だったんだ。


 僕の祖国で魔術が発展したのとは対照的に、ゴウワン王国では武術が発展した。王制だけど世襲制じゃなくて、毎年開催される王者決定国家武闘会で優勝した者が国の頂点に立つ仕組み。来月のイベントっていうのはこれのことだ。


 なお、通算五勝した王者は殿堂入りして、以後は元老院入りし、次代の国王を助けていく。元老院は歴代の国王で形成されていて、「ここが苦労した」「これはよかった」なんていうアドバイスをもらえるんだとか。


 だけど、基本彼らは脳筋の持ち主。何事も拳で解決しようと考えるので、他国と争いになると好戦的なトップの人たちが「誰が切込隊長になるか」で争いが勃発するそうだ。勿論、みんな「自分が行くんだ!」と主張すると双子の護衛から聞かされた。ふは、なんか漢の世界って感じ。


 こんな理由から、ゴウワン王国は別名「蛮族の国」と呼ばれていて、周辺国からはちょっとばかり距離を置かれているらしい。少なくとも、祖国ヘルム王国は思い切り馬鹿にしていた。


 これで、お祖父様が僕に『力の腕輪』を与えてくれた理由がよく分かった。これがないと、殴り合いなんてしたこともない僕が関所を通ることは到底不可能だもんね。……できれば事前説明も欲しかったけど。


 とにかく、すぐに王都に向かいたければ、僕も関所で勝負に勝たなくちゃいけない。


 最初は、王者が決定するまで待とうかとも考えた。だけど、それだと二ヶ月もの間足止めされてしまう。お祖父様はきっと僕のことを心配しているから、できれば早く到着して連絡を入れてあげたかった。


 勿論、はじめは「戦うなんて無理!」と思っていた。それでも、へっぴり腰になりながらもこの国出身の双子に日々特訓を付けてもらい、最初の関所で半泣きになりながら戦いに挑んだ結果。


 相手の攻撃をくぐり抜けカウンターを狙った僕は、呆気なく勝利しちゃったんだ。いや、驚いたのなんのって。


 ゴウワン王国の国民は、得てして筋肉隆々だ。その分、動きはやや遅い。軽くて細い僕は、瞬発力に関しては負け知らずだった。足にも、有り余る魔力を注ぎまくった『力の腕輪』の力で超強力なバフがかかってるので、蹴り込む力も半端なかったんだよね。


 更にこれでもかと増幅された力が拳に乗るので、一発当たればまず間違いなく勝負は僕の勝ちだった。なお、『力の腕輪』は硬化の効果もあるので、僕の身体は鋼鉄並みに硬くなり、筋肉痛はあれど怪我をして痛むこともない。


 これぞ正にチート。転生してチート無双してるよ僕! 見た目は超ひ弱で元女装男子だけど!


 尚、道々双子に戦い方のレクチャーを受ける度、「アーネスは筋がいいよ」と褒められるのもよかった。僕が熱心に特訓に励めた理由は、ほぼこれに尽きる。


 これまで「王太子妃候補ならできて当たり前」と言われて育った僕にとって、褒められることは純粋に嬉しかった。しかも終わりの見えない王太子妃教育や壺への魔力充填とは違って、拳での勝敗は終わりが明確な上に間違えようがないから、意外にも僕の性に合っていたんだよね。


 ――にしても。


 いくら小説の本筋からは僕が生き延びた時点でズレてきているとはいえ、コテコテの恋愛小説にこんなオッスな設定が潜んでいると誰が思うだろう。


「さすがにこれはおかしくない?」と悩み、考え出した結論は。


「メインストーリーが問題なく進行できるから」だった。

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