第12章 推しへの愛が巡っている!【最終章】

第36話 貴方の魂を愛していた

 シェリアータは呆然と呟いた。


「お兄様が、お兄ちゃん……?」


「うん。 黙っててごめん」


 そもそも、自分以外に転生者がいる可能性を考えていなかったこともあるが、見た目の影響とはこんなに大きいものか。

 側にいながら、まるで繋がっていなかった。


「いつから、気づいてたの?」


「記憶は昔からあったんだ」


 レノフォードはシェリアータに視線を合わせ、髪を撫でた。


「シェリがせりちゃんじゃないかと思ったのは、ロシュにダンスを踊ってみせてた時」


(……あの時か。ロシュに初めてダンスを披露したとき、お兄様はバルコニーから見ていた)


「でも、せりちゃんはイケメンが好きだったし、シェリは今の僕を愛してくれたし、今のままが幸せだと思って」


(確かに私はずっと、イケメンが好きだ、お兄様の顔が好きだと言っていた。……それで、言い出せなかった?)


「ルディア様は、初めて見た時からるきちゃんじゃないかと思った」


(ロシュの家を訪ねた時だ。ぼーっと見惚みとれているように見えたけど、ルディア様の中に瑠妃さんを見ていた?)


「でも、るきちゃんにはフラれたと思っていたし、名乗れば怯えさせるだけだと思って……」


(そういえば、瑠妃さんが別れを告げてブロックしたという誤解は解けないままだった)


 シェリアータの中で、パズルのピースがはまっていく。


 レノフォードの顔が歪んだ。


「僕が一番、僕をバカにしてたんだ。不細工で惨めな過去を捨てたかった。来世があれば、るきちゃんに並んで恥ずかしくないようなイケメンになりたかった」


 太一視点から見れば、散々釣り合わないと言われた挙げ句、恋人からは超イケメンとの熱愛報道と同時に捨てられたのだ。

 容姿を呪って目を背けていても仕方はない。


「でも願いが叶ってみれば、世界が僕に厳しくて、高望みのバチが当たったと思った」


 まさかイケメンがバカにされる世界があろうとは、シェリアータにも想像がつかなかった。


「ごめんね。 僕が浅はかで、るきちゃんを信じなくて、」


 レノフォードはぼろぼろと後悔の涙をこぼした。


「こんな、苦手な顔に生まれてごめん」


 そうだった。


 瑠妃がイケメンになびいたというのは、太一の完全な誤解だった。

 それどころか、ルディアは異常なほどイケメンへの拒否反応を示している。

 今のレノフォードの外見はおそらく、生理的に無理な部類で……


「何、言ってるの」


 ルディアの目は怒りに燃えていた。


「本当に、バカ。浅はかだわ」


 顔を真っ赤にして、レノフォードの胸に拳を叩きつける。


「何度も言ったじゃない! どうしてまだわからないの」


 ルディアは両手をレノフォードの頬に添え、挟み込んで揺さぶった。


「どんな顔かなんて関係ない、 私は『太一くん』が好きなんだって。貴方が貴方だから、好きなんだって」


 泣きながら、レノフォードの胸に崩れ落ちる。


「ずっとずっとずっと、言ってたじゃない……!」


 ルディアの慟哭どうこくを、二人は呆然と受け止めた。


 地味な顔が好きなわけでもない。ただ太一の魂を愛していたのだ。

 それを誰にも理解してもらえなかった。


 伝えても伝えても、本人にさえも。


「ごめん。ごめんね」


 レノフォードは大事なものを包むようにルディアを抱き締め、髪に頬を寄せた。


 シェリアータはその場にへたり込んで、二人を眺めていた。


 レノフォードは太一で、ルディアは瑠妃で……


「じゃあ……会えたの? これで、お兄ちゃんは、瑠妃さんに」


 レノフォードが顔を上げ、シェリアータに微笑んだ。


「うん、会えたよ。ありがとう」


 その満たされた声で、光が射した。


 固い地面と血の臭い。

 スライドするバイク。

 病室で苦しげに呻く太一。

 

 報われなかった苦しみが光に駆逐くちくされて行く。


「良かっ……」


 目の前が真っ白になる。


「シェリ!」


 あ、ダメだ。ここで倒れたら推しカプの邪魔しちゃう。


 レノフォードの声で留まろうとしたシェリアータは、


「シェリアータ!」


 続けて重なったロシュオルの声に安心して、意識を手放した。

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