第10章 妖精の恵みが舞っている!

第31話 エルフサーガ・ミュージカル

「エントリーNo.7!」


 銅鑼どらが鳴り、チーム名がアナウンスされた。


「シェリアータ・フランロゼ伯爵令嬢のエルフサーガ・ミュージカル!」


 妖精たちが、ステージに進み出た。


 シュクレが中央に立って腕を組み顔を伏せ、ファリヌが左、ウフが右でそれぞれ少し離れて背を向ける。


 その様子を見て、周囲がざわめいた。


「またこの演目を? 随分と勇気がおありなのね」

「この前よりは筋肉がついたかしら?」

「可哀想だから、冒頭だけでも見てさしあげましょうか」


 クスクス笑い、揶揄、ため息。


 思った通りの反応をありがとう。


 シェリアータはフッと微笑んだ。勝負はここからだ。



 突如シュクレが顔を上げ、怒号を放った。


「我を侮るはたれか!」


 声の迫力と眼力で、場がシーンと静まり返る。


 シュクレはステージを左右に歩きながら、会場の一人一人に目線を送った。


「妖精の恵みを受けながら、眉をひそめ、 嘲笑あざわらい、愚かなる独善で切り刻む」


 口元に、うっすらと笑みがのぼる。


「届いたぞ、その声」


 笑みは広がり、その表情は狂気に満ちてゆく。


「破滅を呼ぶ、不遜の声!」


 何かを放とうとするように両手を広げ、足元からくすぶるようなスモークが上がる。



「ヒッ……!」


 会場から息を飲む声が上がった。


 ミレーヌがシェリアータに囁いた。


「何度見ても豹変しすぎてビビるね」


 レノフォードは憑依型の演技が得意で、役と割り切れば、普段からは想像もつかない振り切った人格を演じる。


 シェリアータは鼻息荒く目を輝かせた。


「さあ、とくとご覧なさい。 お兄様の才能を!」



 ステージでは、ファリヌがシュクレに近づいていた。


「シュクレ、待て」


「……なんだ、ファリヌ。お主、この愚鈍な民の肩を持つ気か?」


災禍さいかを下す前に、今一度周りを見ろ」


 ファリヌは片手を前に出し、周囲を示した。


「我々は遠出をし過ぎたようだ。ここは我らを知らぬ未開の地」


「知らぬ?」


 シュクレは掲げていた腕を下ろした。


「しかし無知ゆえとはいえ、 我らをあざける者どもに存在価値はあるのか」


 反対側から、ウフも近づいてくる。


「まあまあ、シュクレ」


 その軽やかな調子が、緊迫した場を和ませた。


「『知らない』ってね、怖いんだよ。人の子たちはよく知らないものを怖がってるだーけ」


「ウフよ、お主も人の子の味方か?」


 シュクレは不機嫌そうに眉を寄せたが、ウフはあっけらかんと首を傾げた。


「いや? 僕は僕の味方だよ?」


 両側から自分を指差してキュートに笑う。



「ヒッ……!」


 シェリアータの横から息を飲む声が上がった。


 見なくてもわかる。フランロゼ伯爵だ。



「ただね、愚かなまま知らずに終わるのは可哀想だなって」


 ウフはシュクレの肩に手をかけ、サラリと髪をすくった。


「甘く気高い砂糖の妖精、シュクレ」


 次いで、くるりと移動してファリヌの腕を取り、指先であごを撫でる。


「大地の力を宿す穀物の妖精、ファリヌ」


 それから自分の口元に指を当て、挑発的に笑った。


「この卵の妖精ウフ様と融合すれば、 どんなに魅惑的なお菓子が作れるか……みんな、知らないんだよね」


 シュクレは横を向いてため息をついた。


「我々がお主の手玉に取られるような 言い方はよせ」


 ウフは人差し指で自分の髪をくるくるいじりながらシュクレをのぞきこむ。


「でも、好きでしょう~? 僕の歌」



「好きです!」


「ちょ、お父様」


 思わず声を上げてしまったフランロゼ伯爵の口に、シェリアータは慌ててハンカチを押しつける。



「ん? 何か聞こえたね」


 ウフは驚いた顔をしたが、クスクス笑って中央に進み出た。


「じゃあ、人の子たちに見せてあげようか」


 ぱっと両手を広げる。


「僕たちの、物語を」


 音楽の演奏が始まった。


 と同時に、明るく笑っていたウフの顔から表情が消えた。


 元気に伸ばしていた手からは力が抜け、やわらかくしなやかになる。


 神秘的なメロディーに、ウフの声が乗った。



  古の神から 地の女神に注ぐ

  恵みの化身たるは 我ら妖精

  実りを支え 歓喜を祈る

  生けるものたちに 歌を歌う



 聞き慣れない高さの歌に、会場がざわついた。


「中途半端な音域……」

「でも、すごい声量と伸びだわ」

「こんな声初めて」


 それは人ではない異質の演出として効果的だった。

 ウフの歌声は、人々をここではない世界に引き込んでゆく。



  力を与う 地を耕せ

  健やかな手で 子を育て

  その知力で 神を讃え

  その強さで 命を作れ



 ルディアの横で、フッキンが感嘆の声を上げた。


「ほー、たいした肺活量だ」


「インナーマッスルの滾りを感じますな」


 ケブカイも目を輝かせている。


 歌の技術が素晴らしいのは、間違いない。


 しかし、何だろう。


 イケメンへの嫌悪感などではない。


 何か、既視感があるのだ。


 後ろの二人の、静かな中にメリハリをつけ、指先まで柔らかくうねるようなダンス……近隣国に、当てはまるものがあっただろうか?


 ルディアの胸はざわついていた。



 やがて音楽は収束し、歌が余韻を残して消えた。


 ファリヌが前に進み出る。


「人の子よ、心得たか。 我らは生ける者への神の恵み」


 その先を、シュクレが続ける。


「愚弄するは神への冒涜である」


 厳格な物言いで威嚇する二人を、ウフがかき分けた。


「ほらー、 そういうこと言うから怖がられるんだよ」


 ウフの顔には、元の表情が戻っている。


「怖いことはないよ、素直に感じればいい。君たちの知らなかったものを見せてあげる」


 ウフはつかつかとステージを降りて、どよめく観客の間を進んで会場の中央に立ち、ステージを振り向いて指差した。


「さあ、恵みの時間だ!」

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