第30話 溢れる愛しさ

「ルディア嬢……!」


 ロドル騎士隊長は、ルディアの登場に動揺を隠せなかった。


 ケークス家はもとを辿ればリチェラー家に仕える一族だ。


 現在もリチェラー家とケークス家の結びつきは強く、騎士隊への訓練場所や施設の提供等、スポンサーとしても頭が上がらない。

 マソパジムの経営で、武力関係の人脈も厚い。


 リチェラー家がフランロゼにくみするとすれば、勝ち目がないどころかそもそも手が出せない。


「アートデュエルは我が家の主催する、の催しです」


 ルディアは権威を強調し、おごそかに告げた。


「芸術は国王によって保護されており、損なう行為は認められておりません。芸術家を不当に拘束しているとなれば、主催として黙っているわけには参りません」


「しかしご報告した通り、彼らはいかがわしい催しを……」


「それはアートデュエルにて審査員が判断します」


 ルディアはロドル騎士隊長の言い分をぴしゃりとはね除けた。


「騎士が誇りをかけて国家を守ると同じように、私たちも国家の芸術を守っております」


 女に許された唯一の戦場だ。

 かける誇りは並ではない。


「芸術として相応ふさわしくなければ私が退けます。 どうぞおまかせください」


 ルディアは艶然えんぜんと微笑む。

 国家の騎士隊長といえども、太刀打ちできない強さがあった。


「王の名を出されては仕方がないな……連れてこい」


 ロドルはついに観念した。



***



 執事に連れられ、ロシュオルが姿を現した。


「ロシュ!」


 シェリアータが声をかけると、ロシュオルは驚きながらも安堵の表情を見せた。


「シェリアータ……ルディア様まで」


 ロドル騎士隊長は、ゆっくりとロシュオルに近づいた。


「……ロシュオル。ここで戻れば、騎士の道は閉ざされる。それでも良いのか」


 それは、騎士見習いとしての身分も失うということだ。


「はい」


 返答に迷いはなかった。


「後悔するぞ」


「しません」


「……では、好きにしろ」


 ロドル騎士隊長はロシュオルの肩に手を置き、その手にほんの少し力を込めた。


 失うことを惜しんでいるのは、騎士隊長の方なのだろう。

 しかし掛け違えたものを戻すには、積み上げてきたものが重すぎた。


 ロドル騎士隊長はロシュオルの肩を軽く小突くようにして、部屋を出て行った。


「ルディア様、フランロゼ卿」


 ロシュオルは二人に向き直り、深々と頭を下げた。


「ご尽力いただいたようで、 ありがとうございます」


 ルディアは首を振った。


「貴方のためではありません」


 顔を上げたロシュオルと目が合うと、艶やかに笑みをこぼす。


「アートデュエルの名に恥じないものを見せてください」


「はい」


 ルディアの隣で、シェリアータがすごい顔をしていた。


 真っ赤な顔で涙を溜め歯を食いしばり、鼻息荒く肩を上下させている。

 優雅で美しいルディアとの対比がすごすぎて、不謹慎だが吹き出しそうになった。


「ロシュ!」


 シェリアータがそのままの顔で突進してくる。

 ほぼタックルの要領でロシュオルを捕獲すると、頭で脇を突き、腰を締め上げた。

 ロシュオルはあまりの勢いに一歩下がりながら抱き留める。


「シェリアータ……っ」


 鍛えてなければ負傷してたんじゃないか、これ。


「ごめん、心配かけて」


「そうよ、心配したんだから! 勝手にいなくならないで!」


「勝手にって……」


 ロドルに縛られ袋に包まれ馬で運ばれて、結構大変だったのだが。


「後ろで見ててくれるって言ったじゃない!」


 シェリアータはぐりぐりと脇に頭突きをかましている。


 ……ちゃんと聞いてたのか。


 動揺の最中さなかにかけた言葉は、混乱で流されたと思っていた。


「レノがいるだろ?」


 なだめるつもりで言ったが、シェリアータは怒りを爆発させた。


「お兄様がいればロシュがいなくていいなんて、そんな訳ないでしょ!」


 絶え間なく涙をこぼす瞳が、ロシュオルを睨み上げる。

 背中にしがみついている手が、ぶるぶると震えていた。


 胸が痛くなった。

 繰り返し込められる力がロシュオルの喉元に充足を流し込んでくる。愛しさで窒息する。


「ロシュがいないのが、こんなに怖いなんて思わなかった」


 涙の中に瞳が埋もれ、シェリアータは子供のようにしゃくりあげた。


「怖かった……」


 シェリアータの力が緩んだ。


 その息で弾む背中と仰向けた頭を掌で包んですくい上げるように支え、ロシュオルはシェリアータの額にキスを落とした。


 瞬間、シェリアータの息が止まる。

 ロシュオルは我に返った。


「あ、ごめん」


 我ながら間抜けな声だ。


「!?!?!?!?」


 目を見開いて固まっているシェリアータの後ろで、


「ギャ────────────!!!!」


 フランロゼ伯爵が断末魔のような悲鳴を上げた。



***



 門の前で待機していたレノフォードとリュカリオは、ロシュオルを伴った一行の姿を認めて歓喜した。


「ロシュ、お帰り!」


「無事だったか!」


 駆け寄ってくる二人に、ロシュオルも笑顔になる。


「心配かけたな」


 しばらく喜び合っていたが、やがて二人はロシュオルの背後の妙な空気に気がついた。


 真っ赤になって目を伏せているシェリアータ。


 口を開けたまま放心しているフランロゼ伯爵。


 気遣わしげに苦笑しているルディア。


「ねえロシュ、みんなどうしたの?」


 レノフォードが尋ねると、ロシュオルも困ったように目を反らした。


「え……何?」


「あー、オレなんとなくわかった」


 リュカリオはニヤニヤしながらロシュオルをつついた。



***



 リチェラー家の大広間。


 アートデュエル開催時刻が迫る中、会場はざわついていた。


「いよいよだね」


 ミレーヌが意気込む。


「みんな大丈夫?」


 シェリアータが確認する。


「うん、大丈夫」


 リュカリオがうなずく。


「じゃがいも、じゃがいも……でもルディア様はじゃがいもじゃない」


 レノフォードは呪文を唱え、


「じゃがいもは一旦忘れろ」


 ロシュオルがなだめ、


「ほら、これでも食べて落ち着いて」


 イルエラがお菓子を差し出し、


「応援してるぞ」


 フランロゼ伯爵が激励する。


 シェリアータは立ち上がり、一堂を見渡した。


「初披露は様子見だなんて、 そんな甘えはもう許されない」


 偏見に満ちた報告内容は払拭されたわけではない。リチェラー公爵夫人は特に厳しい目で見ている。

 観客の貴婦人たちも、一度出した退屈札のハードルが下がっている。

 ここで半端なものを見せれば、容赦のなく途中退場させられるだろう。


 今日ここで、フランロゼ家の命運が決すると言っても過言ではない。


「ルディア様に、 恥ずかしくないものを見せましょう」


「いや」


 ロシュオルが首を振った。


「シェリアータが喜んでくれるものを見せる」


「そうだね! 僕もそれだけ考える」


「喉の調子は万全だよ、期待してて」


 レノフォードとリュカリオもそれに和した。


「みんな……」


 シェリアータは熱くなる胸をギュッと押さえた。


「うん、期待してる!」



 ゴーン、ゴーン……


 開始時刻の鐘が鳴る。


 ステージにリチェラー公爵夫人が現れ、徐々に会場のざわめきが静まった。


「皆様、お集まりいただきありがとうございます」


 膝を折って挨拶をしたリチェラー公爵夫人が、サッと腕を掲げる。


「本日もこころゆくまで芸術を楽しみましょう!」


 会場から喝采が沸き起こり、一組目を呼ぶ銅鑼どらが響いた。


「エントリーNo.1!」


 運命のアートデュエルが始まった。

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