第29話 宣戦布告

「フッ!」


 息と共に繰り出されたロドルの剣が、ロシュオルの剣の切っ先を反らす。


 ロシュオルは体を軽く沈ませ、返す力でやいばを跳ね上げた。


 両者の剣がカン!と音を立てた。


 音の消えぬ間に次の刃が繰り出され、カ、カシュカカ、と音楽を奏でるように刃が重なる。


「速いが、剣の重さはまるでないな」


 ロドルは慌てた様子もなく、攻撃をさばいて跳ね戻した。


「くっ」


 ロシュオルは体をひねって逃れ、足を狙った。


 が、頭上に刃が迫り、剣で受けざるを得ない。そのままいなして脱出する。


「軟弱な。逃げてばかりではないか」


 だからなんだ?


「これが俺の戦い方です!」


 腕力でじ伏せるだけが強さではない、とシェリアータに教わった。


 戦いの勝敗は豪快さで決まるものではない。


 ダンスに似たステップで移動しながら、細かく連続攻撃を加える。

 息つく暇はないが、鍛えた肺に息が切れる気配はない。


 ロドルの剣筋に乱れはないが、ちょこまかとした攻撃が続いて苛立っているようだ。


「みっともない戦い方をするな。ケークスの名に相応しくない」


「名はいらないと言っているでしょう!」


 思わず力の入った攻撃を強く跳ね返され、転がりながら距離を取る。


「母を傷つけ、追いすがらせようとした貴方の甘えを、俺は許さない」


 遠ざけて守ったのではない。

 守り通す覚悟がなく、母に丸投げして甘えていたのだ。


「みっともないのはどっちだよ……」


 本気で自分の子ではないと思っている方がマシだった。


「俺は、貴方のようにはならない。笑顔を奪うような守り方はしない!」


 ロシュオルは一気に間合いを詰めてロドルの剣とすれ違い、つかを叩いた。

 ロドルの剣筋がふらつく。


 そのまま足を払い、ロドルの体はよろめいた。


 しかし、ロドルはふらついた剣を持ち替え、その柄でロシュオルの肩を突いた。


「ぐっ……!」


 肩を引いてダメージは逃がしたが、脇が開き、ロシュオルの剣は飛ばされた。


 ロドルは膝をついたロシュオルのあご先に剣を突きつけた。


御託ごたくは立派だが、私を負かすには10年早い」


 わかっていたことだが、強すぎる。

 自分だけの力ではどうにもならない。


 ロシュオルは下唇を噛んだ。



 そこへ執事が入って来て、ロドルを呼んだ。


「フランロゼ卿が面会を求めております」


「何?」


 ハッと目を見開いたロシュオルを一瞥し、ロドルは広間を出て行った。



***



 少しだけ時間をさかのぼった頃。


 シェリアータはフランロゼ伯爵と共に、ケークス邸を訪ねていた。


 レノフォードの知らせを受け、リュカリオと合流して四人で来たが、何かあった場合を考えて二手に分かれることにした。

 レノフォードとリュカリオは、外で待機している。


 ケークス邸は全体的に重厚で無骨で、華やかな装飾は少ない。

 騎士隊長は早くに妻を亡くし、娘は二人いたか嫁いでしまっている。女性的な香りはあまり感じなかった。


 長い廊下を案内されている途中、シェリアータは足を止め、執事がそれを見咎めた。


「いかがなさいましたか」


 廊下を左に逸れた奥から、物音が聞こえる。


「あらっ」


 シェリアータは自分の耳に触れ、おろおろしてみせた。


「耳飾りについていた玉がないわ。落としたかしら」


 周囲を探すようにウロウロしながら、音の方向へ小走りに移動する。


「あ、そちらにはないと思いますが」


 執事は少し慌てたように追いかけ、フランロゼ伯爵も察した。


「我が娘の大事な耳飾りが! 待っていろ、父が必ず見つける!」


 フランロゼ伯爵は歩きとは思えない超速で、執事に制されるシェリアータを抜き去った。


 廊下を左に逸れた奥の突き当たりの扉から、剣で争うような音が響いていた。


「おお! さすが騎士隊長、自宅内でも鍛練を?」


「左様でございます。客人をおもてなしするような場所ではありませんので、どうぞこちらへ」


 追いついてきた執事は行く手を阻むように塞ぎ、押し返そうとする。


 その時、


「これが俺の戦い方です!」


 ドアの奥から、確かに聞こえた。


 ロシュオルの声だ!


 シェリアータとフランロゼ伯爵は、執事の顔をじっと見た。

 執事はその圧に押されるように肩をすくめた。


「ロドル様を呼んで参りますので、話はそれからで……」


「よし。シェリ、騎士隊長を待とう」


 シェリアータはうなずいた。


 強硬に動いて不法侵入になっても困る。

 しかしこれでもう、シラは切れまい。



***



 シェリアータとフランロゼ伯爵は、書斎に通された。

 大きな書き物机と飾り棚があり、トロフィーや記念オブジェや勲章などが飾られている。


 中央の応接セットに案内されて待っていると、やがてロドル・ケークス騎士隊長が現れた。


「ご用件は」


 シェリアータは、ロドル騎士隊長と対面するのは初めてだった。何かの式典で遠目に見たことはあったが、近くで見るとすごい迫力である。


 フランロゼ伯爵は、単刀直入に尋ねた。


「我が娘のアートデュエラーが、こちらへ伺っているのではないでしょうか」


 ロドル騎士隊長の片方だけの目が、フランロゼ伯爵を睨む。


「根拠は」


「確かなものはありませんでしたが」


 フランロゼ伯爵はちらりと執事を見た。


「失礼ながら先ほど、 争う声が聞こえて参りました」


 ロドル騎士隊長が執事に目をやると、執事が申し訳なさそうにアイコンタクトした。


 シェリアータは懇願した。


「お願いします。ロシュオルを返してください」


 アートデュエルは今日の午後。

 刻々と刻限が迫っている。


「……断れば?」


 不遜を崩さないロドル騎士隊長を、フランロゼ伯爵は厳しい表情で見上げた。


「家を上げて争うしかありませんな」


 シェリアータはぎょっとした。

 要するに、宣戦布告である。


「お父様!」


「ははは、それは面白い」


 ロドル騎士隊長は笑い声を上げた。


「フランロゼが、ケークスに敵うとでも?」


 領地こそフランロゼの方が大きいが、ケークスは当主が騎士隊長である。武力は比ぶべくもない。


 そこへ、鈴を振るような声が響いた。


「リチェラー家もフランロゼにつくとしたらいかがですか、騎士隊長」


 緑のゆるやかなウェーブヘアに、蝶の髪飾り。

 ケークス家のメイドに案内されて入室したのは、ルディアだった。

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