第28話 父と子

 シンと冷たい広間に、廊下の足音が響く。


 広間は簡素で、壁に飾られているのは武具。


 最低限の家具は設置されているが窓もなく、広間と言うより鍛練場と言う方がしっくりくるかもしれない。


 ミニライブの後ロシュオルは連行され、もう二日の間、ここに閉じ込められていた。


 足音は広間の前で止まり、鍵が回る音がした。


 重い音を立てて開いたドアから姿を現したのは、隻眼せきがんの巨体。


 ロシュオルは、掛けていた長椅子から立ち上がった。


「なぜ、こんなことを?」


 男を睨み付けながら、広間の中央に進み出る。


「俺は、あなたの血など受けていない馬の骨ではなかったのか」


 隻眼の大男、ロドル・ケークス騎士隊長は表情を変えずにロシュオルを見下ろした。


 ロシュオルも長身だが、ロドルの身の丈は更に顔半分高い。


「言っただろう。騎士となればお前の血を認め、イルエラを妻に迎えると」


 その低く重々しい声に、わずかな苛立ちが混じる。


「なのになぜ、軟弱な芸にうつつを抜かし笑い者になろうとしているのだ」


 軟弱な芸?


 何故、頭ごなしにそう思うのだろう。


 体に合わない剣技をがむしゃらにやっていた頃に比べ、飛躍的に自分の体を使えている実感があるというのに。


「あんな芸は今すぐ辞めろ。そして家名に相応ふさわしくあれ」


 ロシュオルは眉をひそめた。


相応ふさわしいとは?」


「騎士として男らしくあることだ」


「男らしさとは何ですか」


「確かな強さと後ろ楯だ」


 ロドルの声は重く強く厳しくなった。


「弱き身のまま私の息子を名乗れば、 たちまち足元をすくわれ潰されるだろう」


 その顔が苦々しく歪む。


「弟が、家督かとくを欲していてな。 あれは欲のために何でもする」


「……」


 要するに、こういうことだろうか。


 ロシュオルを認知すれば、相続権を失った弟に憎まれる。

 庶民出身のイルエラには後ろ楯もない。


「……俺を認知しなかったのは弟から守るため、ということですか」


 騎士となり、強さと人脈を得ることができれば対抗可能、と考えたのだろう。


「ご配慮痛み入ります」


 しかしだから、何だというのだ。


「どうぞ、家督はその切望している弟にお譲りください」


「逃げるのか」


 ロシュオルは苦笑した。


「なぜ、俺が家督を欲しがる前提なのです」


 今日話を聞いてはっきりした。

 もはや、父の家に興味はない。


「貴方に認められれば母が救われると思っていましたが、考えを改めました」


 ロシュオルの血を疑っていたわけではなかったのだ。

 それなのに、『危険から遠ざける』という建前で放り出した。


 それは独り善がりであり、愛と呼べるものではない。


「今は、自分の力で大事なものを守りたいと思っています」


「自分の力で? 騎士にも届かぬ庶民が?」


 ロドルは鼻で笑った。


「フランロゼの令嬢と親しいようではないか。今のままでは身分も釣り合わないだろう」


 ぴくりとロシュオルの眉が動いた。


「釣り合う爵位が欲しくはないのか」


 父を見上げたロシュオルの顔がゆっくりと歪み、破顔した。


「ははは!」


「何がおかしい」


「貴方の言う通りアートデュエルを辞めれば、あの人の夢を潰すんですよ。それで得た爵位を持って、庇護を申し出るのですか?」


 他力本願な幸せを夢見る女性であれば、それでいいのかもしれない。しかし、


「そんな侮辱、あの人が受け入れる訳がない」


 シェリアータを相手に考えた場合、どう考えても破綻している。


 殴られて絶縁される未来しか見えない。

 あの人、強いし。


 先輩に膝をつかせてドヤ顔していた姿を思い出すと、笑いがこみあげてくる。


 ロドルは憮然とした顔で、腰に手をかけた。


「では、その『自分の力』とやらを見てやろう」


 すらりと剣を抜き、切っ先をロシュオルに向ける。


「私を屈伏させれば解放してやる」


「……わかりました」


 相手は我が国の騎士隊長である。


 屈伏させるなどどう考えても無茶な要求だが、引き下がる選択肢はなかった。


 ロシュオルは自分の剣を抜き、ロドルに向けて構えた。

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